2012年12月30日日曜日

ストーナーのラストイヤーを台無しにしたタイヤレギュレーション

またblogの更新が滞ってしまった。今年は色々MotoGPのあり方を考えさせられる問題が多く、書きたい事が沢山あったのだが、とりあえず今年が終わる前に、それらの事を駆け足で書き留めておきたい。

まず、今年のMotoGPで印象に残ったのは、幾つかの局面でレギュレーションがタイトル争いの行方を左右してしまったシーズンだという事だ。

その第一がシーズンが始まってから、今年度のタイヤ仕様を変更するという決定が成された事の影響である。僕は以前、タイヤワンメイクのレギュレーション変更による弊害を危惧するエントリーを書いた事があるが、その心配が正に的中してしまったと思う。

2012年シーズンは本来であれば、シーズン開幕早々に今シーズン限りでの引退を表明したケーシー・ストーナーが引退の花道を飾るシーズンになっていた筈だと思う。

実際、昨年ホンダに復帰した初年度に圧倒的強さでタイトルを獲得したストーナーは、その1年間を通してストーナーの走りに合わせて開発されたと考えて間違いないであろうニューマシンRC213Vでも、その好調を維持し、プレシーズンテストでは常に最速タイムを刻み、本人も「テストはもう飽きたから、早くレースをやろう。」とコメントする程盤石な状態だった。

あのまま何事もなくシーズンが開幕していたら、おそらくは昨年以上の圧倒的強さで3度目のタイトルを軽々と獲得して有終の美を飾っていたに違いないと思う。

しかし、異変はそのプレシーズンテストから始まっていた。ブリヂストンは現在の仕様のフロントタイヤが、暖まるのが遅くレース開始直後のグリップが低い為にレース序盤での転倒が多いという批判を受けて、2013年の導入を目指して、柔構造と呼ばれる新構造を採用したニュータイヤを開発し、プレシーズンテストで、そのニュータイヤをライダー達にテストして評価してもらった所、一部の僅かなライダーを除いて好評だった事から、2013年からの投入予定を前倒しし、今シーズンから投入する事を決定した。

これだけ聞けば、さほど問題には感じられないかもしれない。しかし、問題なのはその一部の僅かなライダーというのが、実はレプソルホンダのストーナーとペドロサの2人だった事だ。

僅かなライダーというのが、タイトル争いに関係のないランキング下位のライダーだったら、その様なライダーの主張が無視されたとしても仕方ないと言えるかもしれない。

だが、タイトル争いの主役であるディフェンディングチャンピオンを含む、チャンピオンチームに所属する二人のライダーが揃って「却って危険」と採用に反対したタイヤの採用があっさりと決定してしまった事には正直驚きを禁じ得なかった。

現在タイトルを争える実力と環境を備えたライダーと言えば、ストーナー、ロレンソ、ペドロサの3強と言って良いだろう。

その3強の内、2人にとって不利な決定がイコールコンディションの大義名分の元に成されてしまい。残る一人、ロレンソにとって圧倒的に有利な状況がその時点で構築されてしまったのである。

ホンダ以外のメーカーにとっては願ってもない決定であるが、ホンダにとってはとんでもない決定である。当然のごとくホンダは猛反発し抗議したが、その抗議も僅かにシーズン中盤までは旧スペックタイヤも使用出来るという僅かな譲歩を引き出す事しか出来なかった。

2012年仕様のタイヤに合わせてマシンを開発したのに、そのタイヤを突然全く特性の異なるタイヤに変更される。それはマシン開発を一からやり直す必要が生じるという事であり、ホンダの憤りは良く理解出来る。

たまたま、ホンダ以外のメーカーはニュースペックタイヤとも相性が良かったから反対しなかっただけであり、むしろホンダが不利になる分有難いという事もあったのかもしれないが、本当にそれで良いのかと思う。

ホンダが1番タイヤ変更の影響を受けたという事は、ホンダが1番本来の2012年仕様のタイヤと相性の良いマシン開発に成功していたという事で、最も良い開発をしたメーカーが不利になる様な変更を認める事が今後の事を考えると本当に良い事とは思えない。他のメーカーもいつかホンダの様な立場になってしまう可能性もある訳で、ホンダ以外のメーカーがこの突然の変更を受け入れたり、ホンダの抗議に対して賛同しなかったのは、本当に懸命な判断だったと言えるだろうか?

僕はホンダのワークスマシンだけが、ニュースペックタイヤと相性が悪かった理由は良く分かる様な気がする。

実は今回ブリヂストンが採用した柔構造という新しい構造は、ミシュランのフロントタイヤが採用していた構造に近いのだそうだ。

ストーナーはLCRホンダ時代、そのミシュランのフロントタイヤと相性が悪く、フロントからの転倒を繰り返し、ミシュランよりフロントタイヤのグリップ力が勝るブリヂストンを採用していたドゥカティへ移籍した事で安定した走りが出来る様になり、初タイトルを獲得した。

ホンダの2012年型のRC213Vはそのストーナーの走りの特性を最大限に生かせる様に開発されたマシンの筈だ。つまり、ブリヂストンの高いグリップ力を誇るフロントタイヤの特性に合わせたマシン造りをしたに違いない。

その結果、ストーナー自身元々柔構造を採用していたミシュランタイヤと相性が悪かった為に、そのミシュランと同じ柔構造を採用した新スペックタイヤと相性が悪いのは当然として、そのストーナーと旧構造のフロントタイヤにベストマッチする特性に仕上がっていたRC213Vとも相性が悪かったのだと思う。

ストーナーの初タイトルは同時にブリヂストンに取っても初タイトルだった。ブリヂストンにとってはストーナーは初タイトルをもたらしてくれた恩人と言って良いと思う。そして、当然ながらストーナーが柔構造のフロントタイヤとは相性が悪い事も良く知っていたに違いない。

そのブリヂストンが有終の美を飾るべきシーズンに挑むストーナーにとって相性の悪いタイヤと知りながら、その投入を1年前倒しにする決定をした事は理解に苦しむ。

もし、逆にストーナーとの相性の悪いタイヤの投入を、ストーナーの為に予定より1年遅らせたというのなら贔屓と批判されるかもしれない。しかし、本来2013年から投入予定だったタイヤを1年前倒しするかどうかの選択に際し、今年限りで引退するストーナーとの相性を考慮して、1年前倒しするのをやめて当初の予定通りにしたというだけなら、特に批判される様な事ではない筈だ。

僕がこの決定に批判的なのは、その決定が公平とは思えない事、引退の花道を飾れる筈だったストーナーに同情するからだけではない。一レースファンとして、シーズン開幕直前にタイトル争いを左右する様な決定がなされた事は許し難い事だと思うからだ。

最初に書いた様に2012年シーズン、タイトルを争える可能性のあったライダーはストーナー、ロレンソ、ペドロサの3人だけだった。その内2人のライダーに取って不利な決定がシーズン開幕直前になされるというのは、残りの一人ロレンソに取って圧倒的に有利な決定であり、この決定によって2012年のチャンピオンがほぼ決まってしまった様なものだからだ。果たしてその様な決定が本当に許されていいものだろうか?

シーズン前半こそ、旧スペックタイヤの使用も許されたが、他のライダーは暖まるのが早く直ぐに充分なグリップ力を発揮するタイヤを履いており、レース序盤から飛ばして行く事が出来るのに対し、暖まるのに時間がかかる旧スペックタイヤを使わざるを得ないストーナーとペドロサは、レース序盤はペースを上げる事が難しく、しかも他のライダーに負けまいと頑張ればグリップ力が充分でないタイヤで転倒するリスクを抱えてのレースとなる訳で、不利である事には変わりがない。

それでもシーズン序盤、ホンダ勢はストーナーが3勝、ペドロサが1勝を挙げ、ロレンソの4勝に対しメーカー勝負では5分に持ち込む頑張りを見せた。

しかし、旧スペックタイヤが使えなくなったシーズン後半。ニュースペックタイヤに合わせた2013年使用のニューマシンを投入したホンダはペドロサがニューフレームと高い順応性を見せたのに対し、ストーナーは旧フレームの継続使用を決断。その苦しい状況の中、得意のラグナセカでは優勝してみせたが、相性の悪いタイヤでの無理が祟り続くインディアナポリスではフリー走行で転倒して骨折してしまい、その後の数戦を欠場する事になり最後のシーズンでのタイトル獲得の望みは絶たれる事になった。

ストーナーにとっての2012年シーズンは、フロントタイヤとの相性が悪く、転倒に泣いたLCRホンダ時代を彷彿させるシーズンだったと言えると思う。ストーナーは最近のインタビューで最も好きだったマシンとしてLCRホンダ時代のRC211Vを上げており「サテライトマシンでタイトル争いなんてできないと嘆く向きが多いけど、マシンだけの話じゃない…絶対にあのマシンでも取れるものだと思ってますよ。」と語っている。

つまり、あの時ストーナーはタイトル獲得の為に当時のベストマシンよりブリヂストンタイヤを選んだという事であり、タイヤさえ相性の良いものであれば、マシンがベストでなくてもタイトルが獲れる事を証明し、ブリヂストンのワンメイクになってからホンダに復帰して、ようやくマシン、タイヤ共にベストのパッケージを手に入れたと思ったら、今度はタイヤの仕様変更でタイトル獲得を阻まれたというのは、なんとも因縁深い話だと思う。

結果として、2012年のタイトルはロレンソが獲得した。しかし、プレシーズンテストの段階では、誰もがストーナーが3度目のタイトルを楽々を獲得すると信じて疑わなかっただろうし、シーズンが終了した今も、多くのファンが2012年1番速かったライダーはストーナーで、ストーナーが最速ライダーのまま引退したと記憶に留めるに違いないと思う。

不公平なレギュレーション上の決定で、このレース史に残る偉大な天才ライダーがラストシーズンをタイトル獲得で飾る事が出来なかったのは非常に残念であるし、レース史に残る汚点ではないかと思う。

この事は、現在のレギュレーション上では、タイヤメーカーの思惑ひとつでチャンピオンライダーを決めてしまう事も可能だという事を示しており、ブリヂストンもしくはドルナにその意志がなかったのだとしても、結果的にその様な事が起きてしまった事は重く受け止めるべきだと思う。

また、もし複数のタイヤメーカーが参戦していれば、かつてのストーナーの様により自分と相性の良いタイヤメーカーを選択するという事も可能なのだが、ワンメイクのままだと仮に今のブリヂストンタイヤと相性の悪いライダーが、本当は相性の良いタイヤさえ使えればタイトルを獲得出来る実力を持っていたとしても、その実力を発揮出来ないままレース人生を終えてしまう可能性もある訳である。

そういう状況を改善する為にも、かつての様に複数のタイヤメーカーが参戦し、レースが健全な競争の場になる事を切望して止まない。







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