2012年6月4日月曜日

ドゥカティ GP12の現行エンジンはスクリーマーなのか?

2011年の年間を通して、ドゥカティに何度もフレームを造り直させ、ついに日本車的なオーソドックスなアルミツインスパーフレームを投入させたロッシの2012年シーズンは順調にスタートするかに見えた。

事実、セパンで行われた1回目のプレシーズンテストでは、昨年のポストシーズンに登場した通称GP Zeroから更にフレームを一新し、完全なニューマシンとなったGP12が持ち込まれ、初日こそロッシは好タイムを記録し、シェイクダウンしたばかりのマシンとしては非常に好調だと上機嫌だったが、テストが進み回りのライダーがタイムアップする中ロッシは低迷。僚友のニッキーはおろか、サテライト仕様のGP Zeroに乗るバルベラの後塵を排する事も多くなり、出口が見えないままプレシーズンテストのスケジュールが終了し、迎えた開幕戦カタールGPでは予選12位から決勝10位。レース修了後にはSBK転向を口にする程自暴自棄になっていたという。

続く第2戦スペインGPでは、予選ではMotoGPマシン最下位というだけでなくCRTマシンに乗るド・ピュニエにも抜かれ13位、決勝は9位に終わり、最悪の結果となった予選終了時にはとうとうロッシは「僕にはGP12が理解出来ない」という言葉まで口にする事態となった。

V.ロッシ『僕にはGP12が理解できない…』 - La ChiricoのイタたわGP

続くポルトガルGPでは、予選9位に終わった後、ついに僚友ニッキーのセッティングを参考にするというドクターの異名を持つロッシとしては屈辱的とも思える決断により、ようやく出口を見い出し、決勝7位と僅かながらリザルトを改善する事に成功し、迎えたフランスGPでは開幕以来待望していたウェットレースで、ケーシーと競り合ってみせただけでなく、ケーシーを打ち破って今季初表彰台の2位を獲得した。

今年に入ってからのドライでの目を覆いたくなる様なロッシの成績の低迷振りと、ウェットレースになったとたんドゥカティ移籍後2度目の表彰台、それも移籍後最高位の2位獲得との間のギャップの余りの大きさには驚かされる。いったいGP12に何が起こっているのだろうか?

ひとつにはウェットレースでは、ラップタイム自体がドライレースよりかなり下がる為に、フレームに対しての要求度も下がるという事が言えるだろう。トップスピードも高くないので、フレームにかかるGもドライ程ではなく、ブレーキングもドライ程ハードにかける必要がないので、コーナー進入時のフレームへの負担も小さくて済むだろう。

ロッシが悩まされているドゥカティのフレームの問題点も、ドライレースでのハイレベルなレースで限界点近くまで攻める事で露呈して来るものであり、レースのペース自体が低いウェットレースでは限界点まで攻める事もない為、フレームにも余裕があり問題点が露呈しにくいという事が言えるだろう。

それは逆に言えば、限界点付近ではドゥカティに対して優位性を持っているヤマハやホンダのフレームも、その利点を生かす所までペースが上がらないのでそれほど優位性を示すチャンスがないと言い換える事が出来るだろう。

実際、レースではロッシが久々にケーシー相手にバトルを見せたと言っても、あのロッシが立ち上がりで大きく膨らみ、クロスラインでケーシーに抜き返されるというシーンが何度も繰り返され、ロッシが本来の走りを取り戻したという訳ではないのは明らかだった。

ロッシの武器はハードブレーキングであり、それを利用してコーナー奥まで突っ込み、ライバルをパッシングするというのが、レースでのロッシの最大の見せ場であり、ロッシのライディングの最大の魅力でもある。

ただし、ロッシと並の突っ込み重視のライダーとの最大の違いはそれからであると言える。ブレーキングを遅らせて先行車をパスする。それだけなら、最高峰クラスのMotoGPに参戦するライダーのレベルならさほど難しい事ではない。しかし、コーナー前半で無理をすればコーナー後半にそのツケが回って来るのは当然であり、立ち上がりでコーナーを回り切れずアウト側に膨らんでいってしまい、折角パスしたライダーにクロスラインで抜き返されてしまうというのは良く見られるシーンである。

ヤマハ時代のロッシは違った。誰よりも奥深くまで突っ込んだとしても、立ち上がりでアウトに膨らむという事等なく、タイトなラインをキープして鋭くコーナーを立ち上がって行くのがロッシのライディングの真骨頂であり、コーナー進入で相手をパスをしてもコーナー立ち上がりのクロスラインで抜き返されるという事がほとんどないというのがロッシの強みであり、ロッシのライディングの芸術的な美しさの所以であると言えると思う。

そのロッシが立ち上がりで大きく膨らんでいきケーシーに抜き返されるシーンが何度も繰り返し見られたのは、ロッシがウェットでも本来の理想的なライディングを出来る状態ではないという事を示していて、ウェットになってドゥカティのパフォーマンスが改善されると言っても、決してフレーム特性が大きく改善される訳ではないという事を示していると言えるだろう。

では、ウェットでドゥカティが速く走れる最大の要因は何なのであろうか?実は当初ウェットでドゥカティが速く走れるのは何故か分からないとコメントしていたロッシも、フランスGP後、気を良くしたのかその理由の一端をエンジンパワーを落とす事が出来るからではないかと明かしている。

V.ロッシ:ロッシ終焉説を見返しましたね? - La ChiricoのイタたわGP

また、ロッシは低迷から抜け出せず喘いでいた時期のインタビューでドゥカティの問題点をエンジンが乱暴過ぎるからだと語っていたのだ。

V.ロッシ:ドゥカティに不満ぶちまけ独占インタビュー【前編】 - La ChiricoのイタたわGP

そして、実はフランスGPの前戦ポルトガルGPの事後テストで、ドゥカティは新しい仕様のエンジンのテストを予定していた。

F.プレツィオージ『エンジン3基目はシルバーストーン、4基目はラグーナセーカ』 - La ChiricoのイタたわGP

残念ながらこのテストは悪天候の為に延期となり、新仕様のエンジンのテストは先送りになった。しかし、その直後のフランスGPでロッシは2位表彰台を獲得し、その理由をロッシがエンジン特性にあると感じたという事は、やはりドライでのドゥカティの低迷の1番の理由は現行エンジンのエンジン特性にあると言えるのではないだろうか?

その事を考えた時、僕の頭の中にはひょっとしてGP12の現行エンジンはスクリーマーではないのか?という疑問が生じた。

しかし、ドゥカティのエンジンは800cc時代から既にビッグバンだった筈だ。そして昨年GP12の先行開発モデルをロッシが初テストした時のニュースではエンジンはビッグバンだと明記されている。

motogp.com ・V.ロッシ、デスモセディチGP12を初ライド

しかし、現行のGP12のエンジン形式に関しては特に明確な情報は得られなかった。

スクリーマーとは等間隔爆発の点火タイミングのエンジンの事で、ビッグバンとは位相同爆の点火タイミングを持つエンジンの事である。元々は2サイクルのNSR500の時代にホンダが有効性を確認したテクノロジーで、エンジンの出力特性がマイルドになり扱い易い特性になると言われている。

4サイクル時代になってもその有効性は確認され、ホンダは990ccのRC211Vから現在のRC213Vに至るまで一貫してビッグバンエンジンを採用していると思われる。

位相同爆はV型エンジンで開発されたテクノロジーの為、インライン4では採用が難しいと思われていたが、ヤマハはインライン4で位相同爆を実現するテクノロジー、クロスプレーンカムシャフトを開発し、ロッシが移籍した2004年から投入。それまでエンジンがピーキーで扱い難く、転倒が多かったYZR-M1が劇的に扱い易くなったと言われ、ロッシがそのエンジンをスィートだと高く評価していたのは有名な話だ。

そのYZR-M1のビッグバンエンジンをスィートと表現していたロッシが、ドゥカティのエンジンを乱暴と表現しているのが非常に気になったのだ。

V4とインライン4とエンジン形式が違いがあるとは言え、エンジン出力がマイルドである筈のビッグバンエンジンを同じ様に採用していたら、スィートと乱暴という正反対の表現になる程の違いが生じるものだろうか?

しかも、ロッシは昨年まではドゥカティのフレーム特性の問題に言及してもエンジン特性の問題を口にした事はなかったと記憶しているし、ビッグバンエンジンである事が明言されていたGP12の先行開発車をテストした時は特にエンジンが最高だと絶賛している。

だからこそ、ここに来て急にロッシがドゥカティのエンジンを乱暴過ぎると批判した事が唐突に感じられるし、エンジンが当初のビッグバンからスクリーマーに変更されたと想定すると、2012年になってからロッシの成績が昨年以上に悪化してしまった事も説明出来る様に思えるのだ。

では、もし本当にGP12の現行エンジンがスクリーマーだとして、どうしてドゥカティはその様な変更をしたのか?その理由を推理してみたいと思う。

推理1:ロッシが移籍してから主にフレーム特性の問題でロッシの低迷が続いている。メーカーとしてそのロッシの苦労をエンジンパワーの向上でアシストしたいと考え、ビッグパンよりエンジンのピークパワーを追求するのに有利なスクリーマーエンジンを採用したのではないか?

推理2:ドゥカティは990cc時代に一度スクリーマーとビッグバンを比較テストしているが、その時はカピロッシはビッグバンに特に有効性はないとしてスクリーマーを選択している。その後800ccの時代になり、排気量がダウンした分エンジン特性がピーキーで扱い難くなった為に再び比較テストを行い、その時はケーシー、カピロッシ共にビッグバンの有効性を認めてビッグバンを選択している。その経験からドゥカティは1000ccの排気量ではビッグバンの利点は大きくなくスクリーマーでも問題ないと考えているのではないか?

推理3:現在のレギュレーションでは1000ccエンジンのボア径が81mmに制限されている。これは990cc時代のボア径86mmより小さく、エンジンをロングストローク化する事でエンジンの高回転化によるコストを抑制する目的であり、デスモドロミックという高回転時のバルブ動作の安定性の高さを誇るドゥカティ自慢の特許技術の実力が発揮しにくくなる事を意味する。エンジニアからするとドゥカティの最大の優位性でもあり最大のアイデンティティでもあるこの技術の実力を充分に発揮出来ないというのは不本意であると考えられ、少しでも高回転型エンジンとしたいという考えからビッグバンより高回転型となるスクリーマーを選択したのではないか?

どれも完全な憶測に過ぎないが、ドゥカティというのはやはりエンジンパワーを最大の武器にしてきたメーカーであり、エンジニアにはエンジンパワーで他社に勝ちたいという気持が強くあるに違いないと思う。特に現在はフレーム特性の問題で成績が低迷しているという事もあり、ドゥカティのエンジニアの中には「フレームで勝てないならエンジンで勝てば良い。それがうちの勝ち方だ。」という考えを持つ者が多かったとしても不思議ではない。

特に990cc時代はそのエンジンパワーでは他社を圧倒しており、その時のエンジン形式がスクリーマーだったのだから、当時を知るエンジニアにはスクリーマーエンジンに対する抵抗感はないだろうし、むしろ1000cc化をチャンスと考え、990cc時代と同じスクリーマーエンジンに戻し、再びエンジンパワーで他社を圧倒する本来のドゥカティらしい姿を取り戻したいと渇望したとしても当然ではないだろうか?

その証拠にドゥカティのマネージャープレツィオージ氏は前述の記事の中で予定されていた新仕様エンジンについてこう語っている。 


「1000ccエンジンと言うものは既にトルクが大きいわけですから、それを増やしても役には立たないでしょうし…電子制御システムがより働くようになるだけでしょうね。確証を得るにはコースで走らせてみなければね…」


新仕様のエンジンは高トルク型であるが、1000ccのエンジンは充分高トルクなのでそれによる改善には懐疑的な様である。しかし、それでもテストしようとしていたのは改善出来るという考えの者がいたからだろうし、実際ウェットレースの為、エンジンパワーを抑える事で扱い易い特性になったと考えられるフランスGPでロッシが2位表彰台に立った現在では扱い易いエンジン特性の実現は重要なテーマである事がよりはっきりしたと言えるだろう。

また、ビッグバンエンジンというのは単純にトルクが大きいという訳ではなく、トルク出力の特性自体がスクリーマーエンジンと異なるので、扱い易いというのが正しい筈なのだが、これについてはプレツィオージ氏の誤解なのか、それともやはりGP12の現行エンジンはやはりビッグバンであり、新仕様のエンジンとはスクリーマーとビッグバンの様にエンジン形式が異なる程の根本的な違いがある訳ではない事を示しているかは判断がつきかねる。

エンジンを乱暴と評価したロッシ本人が同じインタビューで「エンジンは800だろうが1000だろうが全く変わりない」とコメントしているのも予測を難しくしている。

だとすれば、ドゥカティのエンジンは800ccでも1000ccでも出力特性に問題を抱えていて、排気量が1000ccになってパワーが上がった事でそれがより顕著になっているという事だろうか?

考えられるのは、ドゥカティのビッグバンエンジンがホンダやヤマハのそれとは方式が違って、ホンダやヤマハ程の充分な効果が得られていないのではないか?と言う事だ。

実はその疑問は990cc時代にカピロッシがビッグバンエンジンを評価せず、スクリーマーを選択した時から感じていたものだ。

ホンダは990ccのRC211Vを開発した当初から迷う事なくビッグバンを採用しているし、ヤマハがスクリーマーからビッグバンに変更して大きな成果を挙げたのも990cc時代の事だ。ドゥカティだけが、990ccではビッグバンは有効性は無く、800ccでは有効だと判断しているのである。それは何故だろうか?

当初僕はそれを単純にカピロッシがスクリーマーの出力フィーリングを好んだからではないかと考えていた。最初にビッグバンを採用したNSR500に乗っていたミック・ドゥーハンも当初ビッグバンの有効性を認めていたが、他のライダーもビッグバンに乗り横並びになってからは、一人スクリーマーを選択し、よりピークパワーに勝るスクリーマーを乗りこなす事で優位性を築こうとし、それに成功している。

僕はカピロッシも同様にスクリーマーのピークパワーと速く感じるフィーリングの方を選択したのではないかと考えていたのだが、元々ドゥカティのビッグバンエンジンには他社のビッグバンエンジン程の効果がないのだとしたら話は違って来る。

800cc時代にはエンジン特性がピーキーになった事で、効果が薄くても990ccの時よりは効果が感じられる様になっただけで、他社のビッグバンエンジン程効果はなかったのかも知れない。

そう考えると、YZR-M1のエンジンをスィートと評価していたロッシが「800も1000全く変わらない」と言ったのはドゥカティのエンジンは800cc時代からスィートではなく乱暴だったという事なのだろうか?と思えて来る。800cc時代に特にエンジン特性の問題に言及していた記憶はないが、単に公言しなかっただけで800cc時代から問題はあったのだろうか?

勿論そういう事も充分考えられる。YZR-M1のエンジンはタイヤに優しいと言われ、レース前半先行していたホンダをロレンソがレース後半逆転して優勝する事が多いのはその為と言われていて、そのタイヤに優しい理由がビッグバンによるトルク特性にあると言われている。

であれば、ヤマハのビッグバンエンジンとホンダのビッグバンエンジンは同じビッグバンエンジンでも出力特性は同じではないと言える。

それはヤマハのエンジンはインライン4であり、ホンダのエンジンはV4なので、その形式の違いが特性の違いになっているという事が大きいのではないかと思う。ホンダとドゥカティは共にV4だが、ホンダは狭角V4であり、ドゥカティは90度V4(L4)なのでやはり特性は異なるかも知れない。

また、同じビッグバンとは言っても、点火タイミングが全く同じとは限らないし、点火タイミングを変える事でエンジン特性も変わると言われている。他にもビッグバンエンジンの出力特性を左右する要素は色々あるかも知れない。

とにかく、今のドゥカティの不振の理由のひとつがその乱暴過ぎるエンジン特性による事はほぼ確かだろう。

僕がGP12の現行エンジンがスクリーマーだと疑ったのは、それならば問題解決はビッグバンにすれば容易だろうという希望的観測からでもある。

しかし、もし現行エンジンがビッグバンだとすれば、その根本的解決は難しいと考えざるを得ない。

そして、もしドゥカティのデスモドロミックL4エンジンが、ビッグバン化しても他社エンジン程扱い易い特性にはならないのだとしたら、その他社を圧倒するピークパワーを発揮する独自のエンジン形式に由来する個性だという事が考えられる。

僕は前項、前々項でドゥカティ独自のL4エンジンのレイアウトが優れたフレーム特性を追求するのにいかに不利であるかを考えて来たが、そのエンジンが出力特性の扱いづらさという面でも解決の難しさを兼ね備えたものなのだとしたら、ロッシの選んだ道はあまりにも険しいものだったと思わざるを得ない。

そしてインライン4エンジンというエンジン形式はフレーム設計の面でも扱い易い出力特性という面でも優れたエンジン形式なのだとしたら、益々理想のレーシングエンジンはインライン4だと言えるのではないかという印象が強くなって来た。

ただ、日本車的なアルミツインスパーフレームをドゥカティに投入する決断をさせたロッシでも、ドゥカティに伝統あるL4エンジンを捨てさせインライン4エンジンを投入させる事は出来ないだろう。出来れば、ドゥカティのエンジニアがL4エンジンをロッシ好みのスィートなエンジンに変身させる名案を見い出して欲しいと願うばかりだ。

いずれにしても今はドゥカティが投入を予定している新仕様のエンジンが功を奏して、ロッシの成績が改善される事を期待して、その投入を心待ちにしたいと思う。

*記事の中でLa ChiricoさんのBlog、イタたわGPを参考にさせていただきました。MotoGP公式サイト以上に有益な情報が満載の貴重なBlogで非常に有難いと思っています。

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