2014年8月22日金曜日

進化した電子制御はMotoGPライダーを振るいにかける試金石なのか?

MotoGPの2014年シーズンは、ドゥカティワークスがファクトリーオプションではなく、オープンカテゴリーでの参戦を決め、同時に共通ECUソフトウェアがドゥカティの提言によりアップデートされ、それにホンダワークスが意義を唱えた事で、前年未勝利のワークスチームに対し、実質オープンクラス同等の優遇措置を与えるという新ルールが急遽裁定されるというごたごたで始まった。

僕にはドゥカティの決定は当然だと思えた。そもそもドルナは、MotoGP全チームに対し共通ECU(電子制御)を使用する事を求め、ホンダ、ヤマハ両ワークスが強硬に反対した所から、完全共通ECUへの以降は16年シーズンからとなり、14年シーズンからは暫定措置として、ワークスチームは共通ECUのハードウェアの使用は義務付けられたが、ソフトウェアの独自開発は容認され、その代わり年間使用可能エンジン台数、ガソリンタンク容量等に厳しい制限が加えられる事になった。

ドルナがECUを共通化使用としている狙いは、電子制御の技術に劣るプライヴェートチームとワークスの格差をなくし、戦闘力の大きな差を少しでも減らして、レースをより接戦になるようにして面白いものにしたいという事である。

ファクトリーオプションの設定はそれに抵抗するワークスチームに対する制裁措置と言え、プライヴェートチームに対し、優勢となる独自開発のECUソフトウェアを使用する代わりに、別の方法でワークスチームとプレイヴェートチームの格差を小さくしようというのがファクトリーオプションの目的である。

つまり、ワークスチームが共通ECUソフトウェアを受け入れれば、この制限を受け入れるいわれはなく、特に現在ホンダ、ヤマハからマシン開発で大きな遅れを取っているドゥカティワークスが、シーズン中もエンジン開発が可能なオープンカテゴリーの利点に注目したのは当然だと思う。

ドゥカティは、何もオープンカテゴリーの優遇措置を得て、厳しい制限を課せられているホンダ、ヤマハワークスに勝とう等と思った訳ではないだろう。それが本当の勝利ではない事はドゥカティも分かっているだろうし、むしろ将来対等なルールの元でホンダ、ヤマハ両ワークスと対等に勝負出来るマシンを開発する為に、14年度は開発を進める事を最優先としオープンカテゴリーへの参戦という苦渋の決断をしたのだと思う。

また、オープンカテゴリーの優遇措置と言っても、ファクトリーオプションより1段階ソフトなタイヤを使えるという点は予選では有利に働くが、決勝では逆にファクトリーオプションと同じハードタイヤを使えない事がハンデとなってしまい、決勝で勝つ事を考えると必ずしも有利とは言えない。

ドルナのオープンカテゴリーへの優遇措置は、予選やレース序盤でオープンカテゴリーのチームにも目立つチャンスを与え、レースをショーアップしようという目的の元で設定されているものであり、実際のレースで有利になるという程の内容ではない。

だから、僕はホンダの抗議はやや意外に感じられた。

ところが事態は奇妙な決着を見た。各ワークスとドルナの協議により、ドゥカティにはファクトリーオプションのまま、つまり共通ECUを使用せず、独自開発のECUソフトウェアを使いながらオープンカテゴリー同様の優遇措置が与えられる事になった。

つまり、ドゥカティに取っては異議申し立てを受けた時よりも、より有利な優遇措置が与えられる事になったのだ。

そして、同時に16年シーズンから、各ワークスチームが平等に共通ECUの開発に関わる事が決定され、あれ程独自ソフトウェアに拘り、もし共通ソフトウェアが導入されたらMotoGP撤退をも辞さないと強硬な姿勢を示していたホンダワークスがそれを了承したのだ。

この決定により、ホンダワークスの意図がよく理解出来た。ホンダワークスはやはりドゥカティがオープンカテゴリーの優遇措置を受ける事でレースで有利になるという点に関してはさほど問題視はしておらず、むしろドゥカティワークスだけが先行して共通ECUソフトウェア開発に関与する事に対して問題視していたのだろう。

だから、ドゥカティが独自ソフトウェアを使いながら優遇措置を受ける事を認めたに違いない。その程度の優遇措置でドゥカティがホンダを脅かす事等ない事に自信があるのだろうとも言える。

そして、重要なのは共通ECUソフトウェア開発にどのメーカーも抜け駆けせず、平等に開発に関与するという決定の方がホンダに取っては重要だったのだろうと思われる。この決定をもって、あれ程強硬に反対していた共通ECUソフトウェアを受け入れたのだから、この決定がホンダに取って満足のいく決定だった事は間違いないと言っていいだろう。

ホンダが恐れていたのは、ドゥカティだけが抜け駆けして共通ECUソフトウェア開発に関わろうとした事であり、ホンダも平等に共通ソフトウェア開発に関われれば、共通ソフトウェアも容認出来るという事だろう。

当初、ホンダが共通ECUに反対しているのは、ECUがホンダの優位性がある分野であり、その優位性を失いたくないからだろうという憶測が主流だったが、ホンダの中本氏はMotoGP参戦は市販車の開発へのフィードバックが目的であり、現在の最優先技術であるECUの開発が出来ないなら参戦する理由がないと説明していた。

ところが、独自ソフトウェア開発ではなく、共通ソフトウェア開発に参加出来るだけで納得してしまったのである。

ECUでの優位性を保ちたかったという憶測は外れた事になるし、共通ソフトウェア開発に参加出来ても、それを市販車に直接フィードバックする事は無理ではないか?という疑問が残る。

では、ホンダの真意は何処にあるのだろうか?それを考える為に、先ずは現在のMotoGPに置けるECUの現状を考えてみたい。

一口にECUと言っても、それは複雑な要素が絡み合っていると考えられる。基本的には電子制御燃料噴射装置(EFI)から発展して行った、エンジンのパワーやトルクを様々な状況において理想的にコントロールするエンジンマネージメントシステムが核になっていると考えられる。

それ自体も重要な要素なのだが、リアタイヤのスライドを抑制するトルクコントローラーやウイリーを抑制するアンチウイリー等のライダーのライディングを補佐する様な機能が導入される様になって、MotoGPマシンが劇的に乗り易くなった事が、MotoGPに大きな改革を齎し、ECUが最重要なレーシングテクノロジーになったという事が出来る。

その事で、特にかつては非常に高度で難しかったリアのスライドコントロールが容易になった事が1番の変化だったという事が出来るだろう。

ヤマハの現エース。ホルヘ・ロレンソがMotoGPにデビューした2008年では、まだトルクコントローラーは導入されていなかったか、もしくは初期段階で充分な効果がなかったのか分からないが、この年ロレンソは何度も激しいハイサイドによる転倒を喫している。

そして、段々MotoGPの強烈なパワーをコントロールする事が可能になり、ロレンソはタイトルを獲得出来るまでに成長して行った。

この様に、500cc時代からその頃までは、二輪最高峰クラスというのは、有り余るパワーをいかにコントロールするかという事がライダーに求められるクラスであり、それは最高峰クラスに参戦を許された世界のトップライダーの中でもほんの一握りのトップオブトップのライダーにしか出来ない芸当だった。

それが出来ないライダーはよりパワーを抑えて走るしかなく、その分トップライダーとは明確なタイム差が出来ていたと言える。

ところがトルクコントローラーの進歩により、MotoGPクラスで派手なハイサイド転倒は滅多に見られなくなって行った。同時にトップライダーと中堅ライダーのタイム差は縮まり、一時はサテライトライダーがワークスライダーに混じって表彰台争いをする事は珍しくなくなり、実際に表彰台を獲得する事も少なからず起こる様になった。

だが、その傾向は再び変化を見せ始めている。昨年位から兆候はあったのだが、今年になってそれが明らかな程顕著になって来ている。

ブラドルやバウティスタの様なかつては表彰台に近い所でレースをしていたサテライトライダー達とトップを争う4強ライダーとの格差が明らかに広がって来ており、またブラドルもバウティスタも目に見えて転倒が増えており、一時はほぼ見られなくなった、激しいハイサイド転倒も見られる様になって来ている。

僕はトルコンによって、自力で高度なスライドコントロールが出来るライダーと、それが出来ないライダーの格差がなくなり、その差が接近して来た頃から、いずれ自力で高度なスライドコントロールの出来るトップライダーは、その優位性を生かす為にトルコンに余り頼らない走りを目指す様になるだろうと考えていたが、おそらく僕が想像していた事が現実になって来ていると考えられると思う。

そんな時、スズキの開発ライダーを務めている青木宣篤選手のブログでの解説でそれが裏付けられたと思う。

【青木ノブアツ】BLOG Nobu Aoki Racing Blog:土曜のインディアナポリスGP

トルコンにしろアンチウィリーにしろ、ライダーのライディングを補助する様な制御は結局パワーを抑える方向でしか作用しない。だから、トルコンを強く効かせて走れば、その分楽に走れてもトルコンが効けば効く程遅くなるという事が出来る。

逆にトルコンをなるべく効かせない様にすれば、効かせなければ効かせない程速くなると言えるだろう。

レースというのは、常に他のライダーより速く走る事を目指している訳だから、より速く走ろうとするライダーは、出来るだけトルコンを効かせない様な設定や走りを目指す様になって行くのは必然と言えます。

更に最近は、タイム計測の為の位置センサーを利用して、現在走行しているのがコースのどの場所であるか判断し、コーナー入り口やコーナー出口等できめ細かく制御を変えていると考えられます。

つまりコースの場所によって、トルコンの制御の仕方も違うだろうし、その効きの強さ等もきめ細やかに変化していると考えられます。

そして、出来るだけ多くの場所でトルコンの効きを抑える事が出来れば、その分速く走れる事になる訳です。

その為のECUのセッティングというのが、今は非常に重要になっていると考えられます。走行データを分析し、トルコンを弱めても大丈夫なポイントを見つけ出し、トルコンの設定を理想的な設定に近づけるのが、マシンセッティングの最重要項目になっていると考えられます。

また、逆にトルコンを強めに効かせないと速く走れない場所があるとすれば、それは現在のマシンまたはライダーの弱点を発見したという事も言えると思う。

それは、トルコンの効きを弱めても速く走れる様にするには、どこを改善すれば良いか?という事を判断するヒントになると言えるだろう。その部分をトルコンに頼らず速く走るには、マシンセッティングをどの様に変更すればいいのか?どういう改良を加えて開発すれば良いのか?また、どういう乗り方をすればいいのか?という事を考える指針になってくれるという事も出来るだろう。

つまりトルコンという技術は今は速く走る為の技術ではなく、トルコンに頼らずに速く走るマシン、トルコンに頼らずに速く走るライダーを教えてくれるツールになって来ていると考えられます。

速く走る為には必要な技術ですが、トルコン自体によって速く走るのではなく、トルコンがなくても速く走れるマシンが本当に速いマシンであり、トルコンがなくても速く走れるライダーが本当に速いライダーである事を判断する為に必要な技術になって来ていると思います。

どういう事か、分かり難いと思うので、ちょっと簡単な仮定の話をすると、同じマシン、同じトルコンの設定で、同じライダーが、同じコーナーを、なるべく同じ速さで走って、仕様の違う2本のタイヤを試したとします。

その時、よりトルコンの作動が控えめだった方のタイヤが、そのコーナーにはよりマッチしたタイヤであり、より強くトルコンが作動したタイヤの方はそのコーナーとのマッチングが良くない事が分かると言えます。

これを、タイヤを同じにして、サスペンションだけ変えたらサスペンションの良し悪しが、スイングアームだけ変えたらスイングアームの良し悪しが判断可能だと考えられます。

この様にトルコンの効き具合で、マシン開発の方向性や、開発したパーツの良し悪し等を判断する事が可能になって来ていると考えられます。

最近、ミシュランタイヤに合わせたマシン開発についてホンダの中本氏がこの様なコメントをしています。

SRダンディ別館:タイヤメーカー交代でHRCが恐れるのはコストの高騰

この中で、中本さんはブリヂストンタイヤに合わせたマシン開発が大変だった事を語っていますが、僕には凄く短期間で的確にそれを成し遂げたと感じられました。そして、ミシュランタイヤに合わせたマシン開発にも自信を見せています。

僕はトルコンによって、そのタイヤの特性に合ったマシンやパーツを的確に判断出来る様になったのが、その理由ではないかと思います。どんどん仕様違いのフレームを造って、走らせてトルコンの効き具合を分析すれば、そのタイヤとより相性の良いフレームは簡単に判別出来ます。しかし、より理想に近いマシンを開発するには、試作フレームや試作パーツを大量に作って実際に走って、走行データを比較分析する必要があり、開発費は高騰するという訳です。

そして、恐ろしい事にトルコンは、本当に速いライダーとそうでないライダーを判断する指針にもなって来ていると考えられます。

単純に言って、トルコンに頼らなくても速く走れるライダーが本当に速いライダーで、トルコンに頼らないと速く走れないライダーは、それより劣るライダーだという事が走行データで簡単に判断出来る時代になったと言えると思います。

今年、ワークス契約でLCRに所属していたステファン・ブラドルはHRCから次年度はワークス契約はしないと判断されました。サテライト契約でLCRに残る道もありましたが、ブラドルはフォワード・ヤマハに移籍する決断をしています。

思えばブラドルは1番良くない時期にMotoGPに進出したライダーだったと言えるかもしれません。彼がMotoGPにステップアップした2011年はまだ今よりもトルコンに頼った設定が主流だった時代で、おそらくMotoGPマシンが1番乗り易い時代だったのではないかと思われます。

ブラドルはデビューして直ぐにMotoGPマシンに高い順応性を発揮し、2008年のロレンソの様な激しいハイサイドを喰らう様な洗礼も受ける事なく、幾度となく表彰台まで後一歩という成績を残し、流石にホンダがワークス契約したライダーだけあるという印象を残しました。

しかし、2年目には待望の2位表彰台を1度獲得はしましたが、全体的には前年度から横這いという印象で、初年度でいきなりあれだけ順応出来たのなら、2年目はもっと大きな飛躍をするだろうという期待には応えられない成績だったと言えると思います。

そして、今年度はここまで転倒も多くランキングも低迷しています。ブラドルに取っては、MotoGP初年度、MotoGPマシンは思ったより乗り易く感じたのではないかと思いますが、年々トルコンの関与を減らす方向にECUが進化して、年々乗り難くなって行き、それに充分対応し切れなかったのではないかと思います。

トルコンに余り頼らず速く走る事が出来ているトップライダー達との差は広がり、それを詰める為にトップライダー達に倣ってトルコンの関与を減らす方向のセッティングに挑戦して転倒が増えているというのが現状だと思います。

HRCはそのブラドルの現状を見て、ワークス契約に相応しい実力のないライダーだと判断したのではないかと思います。

ワークス契約ではありませんが、同様に転倒が増え成績が低迷しているバウティスタもグレシーニホンダのシートを失う事になりましたが、おそらく同じ様に最新のECUセッティングのトレンドに対応出来ないのではないかと思います。

逆のケースもあります。ヴァレンティーノ・ロッシは、今年、チーフエンジニアを長年共に戦って来たジェレミー・バージェスからデータ分析に長けると言われているシルヴァーノ・ガルブゼラにスイッチして成果を上げています。

実際にロッシとガルブゼラがどの様に改善に取り組み成果を上げて来たか全貌を知る事は出来ませんが、その一端をロッシのライディングスタイル改良に見る事が出来ます。

ロッシはマシンバンク時の身体のオフセットを以前より増やし、恐らくはコーナリング時のタイヤのエッジグリップの向上を目指していると考えられます。以前より、ロッシのチームメイトであるロレンソの特徴はエッジグリップを生かしたコーナリングスピードの高さにあると言われていましたが、他のライダーよりエッジグリップが活用出来ていると言う事は、その分スライド量は少なくなっていると考えられ、その分トルコンの介入は少なく済んでいると考えられます。

トルコンの介入が少なければ、エンジンパワーは抑えられる事なく有効活用され、その分速く走る事が出来るでしょう。対してロッシがロレンソよりエッジグリップを活用出来ていないとすれば、ロレンソよりもトルコンが強く作用し、その分エンジンパワーが抑えられコーナリングスピードが落ちている事がデータではっきりと突きつけられる筈です。

それを明確に提示されたからこそ、ロッシはエッジグリップを活用出来るライディングスタイルを模索し、その効果を走行データで確認しながら成果を上げて来たと考えられます。

この様にトルコンの作用度を軸としたマシン評価、ライダーのライディング能力の評価というのは、非常にシビアなものになって来ていると考えられます。

ライダーはこの明確な評価基準から目を背けたり、誤摩化したりする事は出来ません。ロッシの様にデータで明確に自分の弱点を指摘され、それを改善出来るライダーこそが、ワークスライダーとして相応しいライダーだと評価され、それが出来ないライダーはワークスライダーとしての資格がないと判断されてしまう時代になったという事が出来ると思います。

ここで、話を戻しましょう。MotoGPでECUを開発するのは市販車の為という中本氏の言葉は半分は本当で、半分嘘だと僕は考えています。

最早、MotoGPにおけるレーシングテクノロジーとしてのECUはブロドルの様なMoto2世界チャンピオンレベルのライダーでも対応が難しい程先鋭化されたものに進化してしまいました。

これ以上のECUの開発が市販車に直接フィードバック出来るものであるとは到底思えません。ただし、間接的なフィードバックの為に最先端技術に触れておく事は必要だと考えられます。だから、中本氏は独自開発は出来なくでも共通ソフトウェアの開発に参加出来るだけでも充分だと考えたのでしょう。

そして、それ以上に重要なのは、市販車の為ではなく、やはりMotoGPのレースに勝つ為です。今やMotoGPにおけるECUの役割は足し算ではなく引き算です。

トルコンは重要ですが、重要なのはトルコンをなるべく使わない様にする事です。ですので、トルコンの性能を向上させる為の開発というのにはもうそれ程拘る必要はありません。本来使わないで済むのが理想のものを向上させる事に開発費を使うより、どうすれば使わないで済む様に出来るかという事に開発費をかけた方が有効なのは言うまでもないからです。

共通ソフトウェアで他のチームも同じ性能のトルコンを使用するのであれば、有利でも不利でもないからOKだと言えます。むしろ他のチームに差を付けるのは、いかにそのトルコンを使い過ぎない様にするか、トルコンの介入を最小限に留めるかという事になっているのです。

その為にはECUデータの分析が重要になり、その分析の為にはECUソフトウェアの内容を良く理解している必要があります。つまり共通ソフトウェアの開発に参加するのに拘ったのは、参加しないとソフトウェアのアルゴリズム等を詳細に知る事が出来なくなり、その分不利になると考えたからだと思います。

おそらく中本氏はECUのデータを分析し、それを開発に生かす技術に関しては他メーカーに負けない自信があるのでしょう。それはソフトウェアの開発には直接には関係ない部分なので、共通ソフトウェアの開発に参加しても、そのノウハウを他社に知られる心配はありません。

勿論、共通ソフトウェアの開発に関しても、自社のソフトウェア開発のノウハウを容易く他社に教える様な気もないでしょうから、それ程積極的に開発をリードする気もないでしょう。ただ、MotoGPマシンのECUを開発するというのは、やはり最先端には違いないので、それに参加している事で得るものはある筈です。

ただ、それは同じ様に他社も得る訳で他社と競争する為の武器にはなりません。しかし、それを得る事が出来なかったら、他社に遅れを取る可能性もあります。だから、MotoGPから撤退し、共通ソフトウェア開発に参加する機会を失う事はデメリットにはなると言えるでしょう。

これが、ホンダが独自ソフトウェア開発が認められなくても、共通ソフトウェア開発に参加する事で、MotoGP撤退を撤回した理由だと思います。

トルコンの様にライダーの能力を補助する様な技術が開発されても、結局レースの世界ではそれをなるべく使わない方向にライダーが進化していってしまいます。

だから、僕はこの際トルコンは全面禁止にした方が話が簡単でいいと思うのですが・・

2014年1月3日金曜日

2013年のロッシに足りなかったものとロレンソが足を出さない理由

2014年も明けてしまったが、2013年シーズンについて書き残していた事を書いておこうと思う。

2013年シーズン最大の話題はマルケスの活躍であった事は間違いないし、スペンサー以来となる最高峰クラスの最年少タイトル獲得記録の更新を始めとする数々の新記録を樹立した事は正に偉業であり、今後のMotoGPを牽引していくであろう新時代の大スターの登場は素直に喜びたいと思う。


しかし、今年のタイトル争いの本命はロレンソとペドロサであった事も確かであり、この二人が序盤で揃って怪我を負い、そこから充分回復する前にマルケスが連勝した事がタイトル獲得の主要因であり、実際にはまだまだロレンソやペドロサの方が実力では勝る事も確かだと思う。


その証拠にロレンソが怪我から完全に復調して優勝したと考えられる第12戦以降、マルケスの優勝は第14戦のアラゴンでの1勝のみであり、このアラゴンでも不運なトラブルがなければリタイアしたペドロサが優勝していた可能性がかなり高い。


とはいえ、年間で安定した成績を残したものがチャンピオンになるのが当然であり、ベテラン二人が自己責任による転倒で怪我をしたのに対し、ルーキーらしからぬ高いレベルで安定したシーズンを送ったマルケスは賞賛に値すると言って良いだろう。


今後、更に経験を積んだマルケスがベテラン勢にとって手強いライバルになるのは間違いなく、今シーズン以降のMotoGPを更に盛り上げてくれる事に期待したい。

もうひとつの2013年シーズンの話題はドゥカティで悪夢のような2シーズンを過ごしてヤマハに復帰したロッシがどこまでやれるかという事だっただろう。


それについては、開幕戦で早くも表彰台に上がり、第7戦ダッチTTでは優勝を飾るなど、シーズン序盤から中盤にかけては順調に復調している様に感じられたものの、中盤以降は上位3名のライダーとはバトルする機会も減り、すっかり第4番目のライダーが定位置になってしまい、ロッシの完全復活を期待してたファンにとっては失望のシーズンとなってしまったようだ。

2013年のロッシには何が足りなかったのか?2014年以降、ロッシが再びタイトル争いに加わる事は出来るのだろうか?その辺りを検証してみたい。

その前にドゥカティに移籍する以前のロッシと現在のロッシを取り巻く環境の違いを考えてみたい。

というのは、今年のロッシの成績に関して、どうしても世間の論調は「ロッシが衰えた」という方向に行きがちなのだが、自分はロッシが衰えたというより、周りが向上したという事の方が大きいと考えているからだ。

その要素は二つある。マシンとライダーだ。

先ずマシンについて振り返ってみると、ロッシの最高峰クラスの7回のタイトルの内、最初の2回はホンダ時代のものであり、ロッシの乗っていたNSR500とRC211Vは当時の最速マシンであった事に異論を挟む人はほとんどいないと思う。
ロッシ移籍後もRC211Vは最速マシンであり続けたと思われるが、ロッシが抜けた跡を埋めるライダーの不在により、マシン+ライダーの総合力ではヤマハのYZR-M1とロッシの組み合わせの方が勝っていたと言えるだろう。

そして、800cc時代になってからは、ヤマハが990ccのYZR-M1の正常進化に成功したのに対し、V5エンジンのRC211VからV4エンジンのRC212Vへ移行したホンダは、エンジン形式の違いを最大限に生かそうとしたのか、小柄な次期エース候補ダニ・ペドロサに合わせようとしたのか、RC212Vは異常な程に小型に見えるコンパクトな設計となり、おそらくそれが原因で操安性に問題を抱えてしまったのではないかと考えられる。

それはフロントタイヤのチャタリングとなって現れ、特にミシュランのフロントタイヤとの相性の悪さから多くのライダーを悩ませる事になり、BSタイヤへの以降、フロントサスのショーワからオーリンズへの変更等を経て、車体も990ccだったRC211Vを思わせるサイズに大型化されてやっとその問題を解消するに至ったが、それまでに意外な程の時間を要する事になり、その期間特にRC212Vの弱点だったその操安性で勝るYZR-M1がMotoGPのベストマシンとして君臨していたと言って良いだろう。

2007年にはドゥカティに乗るケーシー・ストーナーがロッシを下してタイトルを獲得しているが、ドゥカティはトップスピードの分があるとはいえ、操安性には大きな問題を抱えていて、決して最良なマシンとは言えない事をロッシ自身が身を持って証明している。

そして、問題を解消したRC212Vがケーシー・ストーナーによってタイトルを獲得したのはロッシがドゥカティに移籍した2011年。つまり、ロッシの7回のタイトルはほぼ当時の最速マシンに乗って獲得したものであるが、現在の最速マシンは抱えていた問題を解消したRC212Vを更に進化させたRC213Vであるのは間違いなく、ロッシがタイトルを獲得していた当時とはマシンの優位性で大きな違いがあるという事になる。

次にロッシを取り巻くライダーという要素。

ロッシが最高峰クラス7回のタイトルを獲得するにあたり、前期の最大のライバルはセテ・ジベルナウでした。彼がホンダのサテライトチームのライダーだった事からも、当時の最高峰クラスにロッシのライバルとなるような強豪ライダーが不在だった事が伺えると言えるでしょう。

ロッシ移籍後、ホンダはロッシに代わるエースライダーを確保する事が出来ず、一時は長年スズキ、カジバ等で中堅ライダーとして活躍していたアレックス・バロスをワークスのエースとして迎えた事からも当時のホンダの苦悩が伺えます。

そして、ロッシと入れ替わりでホンダに復帰したマックス・ビアッジも期待外れに終わったバロスの後釜として念願のホンダワークス入りを果たしますが、かつての様な輝きを取り戻す事無く、他のライダーは問題としていない、フロント周りの不具合を訴えた事でホンダの信頼を失い事実上追放に近い形でMotoGPを去る事になってしまい、ホンダの混迷の深さを象徴する事件になってしまったと言えると思います。

余談ですが、今にして思えばその後顕著になっていく、ホンダとミシュランのフロントタイヤの相性の悪さの兆候を、ライダーとしてレベルの高いビアッジだけが察知出来ていたのではないかと考えられ、あの時ホンダがビアッジの訴えに真剣に耳を傾けていれば、その後のマシン開発の長い迷走期間は短縮されていたのではないかと思われ、非常に残念である。

そして、デビュー当時はおそらくRC211Vと相性が悪く、ロッシの後継者となるスーパールーキーという期待に中々応える活躍が出来ていなかったニッキー・ヘイデンが、それまでのRC211Vと大きく特性の異なるニュージェネレーションと呼ばれるニューバージョンの開発を自ら主導し、ロッシを打ち破って2006年のタイトルを獲得するが、その後RC212Vが彼の開発したニュージェネレーションの特性を引き継ぐものになれば、その後もロッシを脅かすライバルになり得たのかもしれないが、実際にはRC212Vは小柄なペドロサを意識したと思われるコンパクトなマシンとなり、大柄なニッキーには合わないマシンになってしまい、ロッシの前に立ちはだかる事が出来たのは2006年シーズンだけとなってしまった。

そして、後期の最大のライバルは続く2007年にドゥカティでタイトルを獲得したケーシー・ストーナーという事になるのだが、前述した通りドゥカティは操安性に大きな問題を抱えており、その実力を存分に発揮出来る状態であったとは言い難い。そのケーシーがホンダへ移籍してその実力に相応しいマシンを手に入れるのは、ロッシがドゥカティに移籍する2011年の事であり、ロッシはこの最速ライダーと最速マシンの組み合わせと直接対決する事がままならない状況に置かれている間にケーシーはMotoGPから引退してしまう。

そして、マシン特性に苦しむケーシーに代わってロッシの前に立ちはだかる事になったのは成長著しいチームメイト、ホルヘ・ロレンソであり、ロッシと同じマシンに乗る彼とのタイトル争いに敗れた2010年を最後にドゥカティへの移籍を決意するのである。

こうしてみると、ロレンソ、ペドロサ、マルケスという3人ものタイトルを狙える実力と環境(マシン)を備えたライバルがいるシーズンというのは、過去のロッシが経験して来なかった状況である事が分かるだろう。

過去のロッシには現在の様な強力なライバルは不在、あるいは存在したとしてもマシンやチーム環境に問題を抱えていて、実力を存分に発揮出来る状況ではなかったと言える。

とは言え、それらは全て結果論であり、その時その時でロッシは世界最高峰クラスに勝ち上がってきたトップライダー達と戦って7回もの最高峰クラスタイトルを獲得した事は素晴らしい事であり、偉業である事には間違いない。

過去のロッシが幸運だったと言うのではない、ロレンソ、ペドロサ、マルケスというロッシ以外にタイトルを獲得出来る実力があるライダーが、それぞれそれが可能な体制で参戦しているという現在の状況の方が異常なのである。

過去にウエイン・レイニー、ケビン・シュワンツ、エディ・ローソン、ジョン・コシンスキーが4強と呼ばれた時代があったが、その時代は長く続かず、またその4人が安定してタイトル争いを展開する様な状況も結局1シーズンも実現しなかった。

いかに現在のMotoGPが異常なレベルにあるかが分かると思う。ロッシにとってはそのキャリアを通じて今が1番強力なライバル達に囲まれている状況だと言って良いと思う。

前置きが長くなったが、そういう事情を鑑みて今年のロッシに何が足りなかったか?を考える比較対象としてYZR-M1より優位性があると思われるRC213Vに乗っていたペドロサとマルケスの事は考慮せず、同じマシンに乗っていたロレンソとの比較に限定して考えて行きたいと思う。

実は、過去にも書いた事があるが、僕は今年はロッシにとっては、再びタイトルを争えるレベルに復帰する為の準備の年になるだろうと考えていた。それは、ひとつにはドゥカティというロッシのライディングスタイルとは真逆と言って良いほど相性が悪いと思われる特性のマシンに2年間も乗っていた事で、ライディングのフィーリングが狂ってしまっているだろうと考えた事。

もうひとつは、ロッシ移籍後マシン開発を主導したのはロレンソであり、特にその間に800ccから1000ccへと排気量がアップされた事もあり、かつてロッシが乗っていた頃のM1とは特性が変わっている可能性が高く、その特性に慣れ、セッティングデータを収集してロッシのライディングスタイルに合わせた特性にセットアップ出来る様になるまでには、かなりの時間を要するのではないかと考えたからだ。

ところが、ロッシはプレシーズンテストの段階で、ほぼロレンソと変わらないタイムを出して来たので、実はかなり驚いた。ライディングのフィーリングも充分に戻っておらず、新しいマシンの特性にもまだ慣れておらず、セッティングデータもなく、0からセットアップを進めている段階でこれだけのタイムが出せるなら、シーズン後半には相当速くなっているのではないかと思ったのだが、実際にはそうはならずロッシとロレンソのタイム差はプレシーズンテストの段階からシーズン後半までそれ程大きくは変化しなかった。

コースによってバラツキはあるが、乱暴で大雑把に言うと、ロッシとロレンソのタイム差は決勝セッティングで約0.1秒差、予選セッティングで約0.5秒差という感じで、シーズン序盤でもシーズン終盤でも大きくは変わらなかった。

予選でタイムが出ない事は、決勝を戦う上で重要な事であり、ロッシも課題として挙げていたが、その問題はとりあえず後回しにするとして、決勝中の1ラップの純粋な速さという点では、ほとんど0。ほとんど差はないといって言いと思う。

この事はロッシのライディングのフィーリングも、M1の特性やセッティングの問題も、元々問題にはならなかったのか、それとも意外な程早い段階で解消してしまったのかは分からないまでも、僕が考えていた程大きな問題にはならなかった事を意味していると思う。

現在ロレンソはM1に乗って最も速いライダーというだけでなく、マシン的には優位性があると考えられるRC213Vに乗るライバル達を相手に年間8勝の最多勝を上げる程の成績を残したライダーであり、タイトルこそ逃したものの、現在のMotoGPクラスの最速、最強のライダーであると言って過言ではないと思う。

そのライダーと1ラップのタイムならほとんど変わらないタイムで走れるという事は、ロッシの速さは少しも衰えていないと言って良いのではないかと思う。

では何故、ロッシはそのロレンソに勝つ事が出来ないばかりか、決勝レースでロレンソとバトルするレベルに達しないのだろうか?

それは1ラップだけの速さではなく、決勝レースのアベレージで差が大きくなるからだと言える。予選で約0.5秒差が広がる事にも関係しているが、ロッシよりロレンソの方が序盤から速いラップが刻め、終盤になってもタイムが落ちないからだ。

ロレンソはロッシとの比較だけでなく、現在のMotoGPで最も序盤に強いライダーだ。かつてはロケットスタートを得意とするペドロサがホールショットを奪いレース序盤をリードする事も多かったが、最近はそのペドロサを上回る程ロレンソの序盤のペースは速い。

対してロッシは元々序盤はそれほど速くない方で、4~5周様子を見てから追い上げるというレースが得意だったが、現在のロレンソにはそれが通用しなくなっている。

これに関してもロッシが遅くなった訳ではなく、ロレンソが前より序盤に速くなっていると言って良いだろう。

また、かつてのロッシの強みは終盤になってもペースが落ちがないという事もあったが、最近ではその優位性をさほど感じる事が出来ない。これに関してはロレンソだけでなく、全体的に終盤のペースが高くなっていると感じる。これはトラクションコントロールによって消耗したタイヤでのスライドコントロールがかつてより容易になっているという事が考えられるが、その中でもロレンソの終盤の強さは際立っている。

こうやって考えてみると、ロッシは今でも充分前と同じ位のライディングが出来ていると思われる。速くなっているのはロレンソの方であり、ロレンソのロッシに対する優位性はそのままM1より優位性があると思われるRC213Vに乗っているライバル達に対抗する武器になっていると言えるだろう。

そのロレンソの速さの秘密はどこにあるのだろう?ロッシはロレンソを評して「ロレンソは僕より強いブレーキングが出来る」と言っている。ブレーキングの強さはロッシの最大の武器だった。今やそのロッシが自分より強いブレーキングが出来ると言っているのである。ロレンソの速さの秘密はロッシを上回る程の強力なブレーキングにある事はまず間違いないだろう。

では、ロレンソは如何にしてブレーキング名人のロッシを上回るブレーキングを可能としたのか?その謎を解く鍵は、ロレンソが現在のMotoGPのトップライダーにあって唯一頑なにブレーキング時に足出し走法をしない事にあるに違いないと思う。

これは実に摩訶不思議な事であり、皮肉な事でもあると思う。何故ならば、足出し走法こそ、ブレーキングを重視するロッシが更に強いブレーキングをする為に編み出したテクニックだと思われるからだ。

ここで、ロッシが足出し走法を編み出すまでの、彼のライディングスタイルの変遷を振り返ってみたい。

ホンダ時代、ロッシのライディングスタイルは現在の様にスムーズなものではなく、荒々しく豪快なものだった。ホンダ時代の暴れるマシンをものともせずハードブレーキングをするロッシの走りを記憶に留めている人も多いのではないかと思う。

当時のホンダのマシンは現在のM1と比較してフロントの安定性が劣っており、ロッシのハードブレーキングによりマシンが暴れてしまっていたのだと考えられる。マシンが暴れる為ロッシは中々マシンを倒し込む事が出来ず、マシンの振れが納まってからエイやっとばかりにマシンを倒し込むというメリハリのある豪快なライディングになっていたのだ。

ヤマハへ移籍した理由はロッシがホンダに要求したマシンの改善要求をホンダが受け入れなかったからだと言われている。

その内容は明らかにされていないが、僕はもっとブレーキングで安定するマシンを要求したのだと考えている。おそらくそれは「ヤマハの様に」という但し書きが付いていたのではないか?と憶測している。ライバルであるヤマハの様なマシンを作ってくれ。それはホンダにとって受け入れ難い要求であったに違いない。

500cc時代、ヤマハに乗って豪快なブレーキングドリフトで一世を風靡したギャリー・マッコイの後ろに付いて走ったロッシが「勉強になった」とコメントした事がある。それを聞いて僕はロッシがマッコイの様なドリフト走行にトライする気なのか?と思ったのだが、実際にはロッシはドリフト走行にトライする事はなかった。

今では、ロッシはあの時、マッコイが振り回すヤマハの挙動を間近で観察し、ホンダより高い安定性がある事を確信したのではないかと思っている。マッコイの豪快なドリフト走行は、フロイントがしっかりと安定しているからこそ、リアのスライドコントロールに専念出来たと言え、ロッシはそこに自分のハードブレーキングを受け止めてくれる理想のマシンを見出したのではないかと思う。

ヤマハに移籍したロッシが開発陣に要求したのは「もっとスピードを」というものだったという。当時トップスピードでは明らかにヤマハよりホンダが勝っていた。エンジンパワーの追求はホンダのアイデンティティであり、ロッシがホンダに拒絶された要求がスピードである筈はない。

つまり、ロッシはホンダ時代ホンダに拒絶された要求をヤマハには一切していないという事になる。移籍した当初からヤマハはロッシのその要求を満たすマシンであり、おそらくロッシはそれを知った上で移籍を決断したのだと思う。

そして、それを確認したからこそ、ホンダに対して不足していたスピードの向上しか要求しなかったのだろう。

こうして、ロッシはブレーキングしながらスムーズにマシンを倒し込み、より深くコーナーに突っ込んで行くという現在のライディングスタイルを完成させた。それはブレーキング時に暴れるホンダのマシンでは実現出来ず、ヤマハに移籍してフロントの安定性の高いマシンを手に入れた事で実現したと言えるだろう。

そのライディングスタイルを完成させた当初のロッシは無敵に見えた。しかし、ホンダを上回るトップスピードを備えたドゥカティを駆り、そのトップスピードを最大限に生かすというロッシとは正反対のライディングスタイルを持つ最大のライバル、ケーシー・スートナーの登場により、ロッシはそのライディングに更に磨きをかける必要性に迫られる。

その結果生まれたのが足出し走法だ。それはステップから足を外す事でその分の荷重をシートにかけ、リア荷重を増やす事により、ブレーキング時のフロントの過荷重を軽減して、よりハードなブレーキングをする事が目的と考えられる。

最初にそれを指摘したのはモータージャーナリストの遠藤智さんだが、その記事を読んで感心した僕が某所でそれを紹介した所、猛反発を受け妄想とまで言われた程だが、最近ではYZR-M1の開発ライダーでもあり、そのYZR-M1に乗りMotoGPスポット参戦で2位表彰台獲得の経験もある中須賀選手が全く同じ見解を表明しているのでまず間違いないと考えていいと思う。

某所で猛反発を受けたのはロッシが「足を出すのに特に効果はない。ただ気分的に出してるだけ」と言っていたのをファンが真に受けたからだと思うが、それは他のライダーに真似されたら折角編み出したテクニックの優位性が失われてしまう事を懸念したロッシのブラフに違いないだろう。

実際に、足出し走法はロッシとバトルしているMotoGPのトップライダーから真似をし始めて、瞬く間にMoto2、Moto3クラスのライダーにまで広がっていき、今では一般的なテクニックとなっている。

最初にロッシとバトルしているライバル達が真似し始めた事からも、実際に間近で見ているライダーがその効果を実感している事が伺える。

しかし、そのライバル達の中にあって、ロレンソだけがそれを頑なに真似せず、しかもそれでいてロッシ以上に強いブレーキングが出来ているという事は一体全体どういう事なのだろうか?

僕はその答えはズバリ、ロレンソがブレーキングで積極的にリアブレーキを使っているからだと思っている。

通常、ほとんどのレーシングライダーはリアブレーキをほとんど使わないと言われている。全く使わないと公言しているライダーも少なくない。その理由はレースでのハードブレーキングではフロントに大きな荷重がかかりほとんどリアは浮いてしまうので、リアブレーキは制動の役には立たないからである。

しかし、にも拘らずリアブレーキを積極的に使っていたという事が分かっているライダーが二人存在する。ウエイン・レイニーとマイケル・ドゥーハンである。

実は二人ともその事実は秘密にしていた。ドゥーハンの場合、足を怪我してリアブレーキの操作が困難になった事から、左手親指で操作するハンドブレーキを装着していた為、それが判明し、一時はそれがドゥーハンの速さの秘密だと真似するライダーが続出し、ちょっとしたブームになった程である。

レイニーの場合は現役中はその秘密を守り通し、引退後事実を明らかにした。レイニーの場合は怪我のためではなく、よりデリケートな操作をする為に、くるぶしでリアブレーキを操作するオリジナルパーツを装着していたという事である。


ドゥーハンもレイニーも転倒が少ない安定して高い成績を残したライダーであり、レイニーはキング・ケニー以来のV3を達成し、ドゥーハンはそれを上回るV5を達成している。

またドゥーハンもレイニーも序盤から速く、独走態勢を築いて終盤もその速さを維持するという先行逃げ切り型の戦法を得意としていたライダーで、その特徴は現在のロレンソと共通している。

それは、この3人のライダーがほとんどのライダーがリアブレーキを使わないという中にあって、リアブレーキを積極的に活用するという稀なテクニックを駆使する事で、そのテクニックを持たない他のライダーより1レベル高い速さと安定性を獲得していたのだと考えると非常に納得が出来ると思うのだ。

では、リアブレーキを積極的に使うとどんな利点があるのだろうか?レイニーもドゥーハンもその辺の詳細までは明らかにしていないが、共にリアブレーキを制動の為ではなく、「姿勢制御の為に使用していた」という事は明かしている。

リアブレーキを姿勢制御に使うという事はどういう事だろうか?非常に簡単である。制動力以外でリアブレーキを使う事で制御出来る事と言えばひとつしかない。リアの荷重のコントロールだ。

フロントブレーキを使うと、フロントフォークが沈み込んでフロントに荷重がかかる。同じ事がリアブレーキにも言える。リアブレーキを使えば、リアサスが沈み込んでリアの荷重が増す。これは例え公道走行のスピードでも、例え50ccの原付であっても簡単に確認出来るオートバイの基本的な走行特性のひとつだ。

では、リアの荷重をコントロールするとライディングのどの様な効果があるのだろうか?

これは率直に言えば、バイクのライディングの全ての要素において非常に高い効果があると考えられる。

何故ならバイクというのはバランスの乗り物であり、マシンセッティングの多くの要素はバイクの前後バランスの調整に関係していると考えられるからだ。

加速時、減速時、その双方でバイクの前後バランスが理想的でない場合は、加速や減速が思う様に行えない事になる。

加速時はリアのトラクションというのが重要になる。トラクションとはタイヤから駆動力を路面に伝える能力の事であり、リアタイヤが効率的に路面に押し付けられていないと、駆動力は効率的に路面に伝わらない事になる。

だからリアに荷重をかけて、リアタイヤを効率的に路面に押し付ける事が必要になる。リアタイヤを路面に押し付ける力が不足すると、タイヤは空転してしまいパワーが充分路面に伝わらなくなって、充分な加速性能は発揮出来ない。

逆にトラクションが効き過ぎても問題は発生するだろう。タイヤや路面のグリップ力を越えるパワーを伝えようとしても、やはりパワーは効率よく路面には伝わらず折角のパワーがロスになってしまうだろうし、またその分タイヤの消耗も激しくなり、そうなるとやはり路面に効率的にパワーを伝える事が出来なくなってしまう。

制動時はロッシの足出し走法の所で説明した様に、やはりフロントが過荷重になってしまうと制動力がフロントタイヤのグリップ力を上回ってしまい、制動力が効率よく路面に伝わらないという事になってしまうし、フロントの安定性が悪化して転倒のリスクも向上してしまう。

しかし、ハードなフロントブレーキによってリアタイヤが浮いてしまえば、いくらリアブレーキを使ってもリアの荷重を増す事は出来ない。おそらく、レイニーやドゥーハンは初期制動においてはフロントブレーキよりもリアブレーキを強めにかけ、リアサスを沈み込ませてリアに荷重をかけた状態から徐々にフロントブレーキを強くしていくのではないかと思う。

その事で、フロントが過荷重になる事を防ぎ、効率よいブレーキングとブレーキング時の安定性を確保しているのだと思う。

いずれにしても難しいのは常にフロントよりリアに荷重をかければ全て良しという訳ではなく、フロントの荷重が不足していれば、いわゆるフロントの接地感が感じられないという状態になり、ライダーは思いっきりコーナーを攻める事が出来なくなり、フロントからスリップダウンで転倒するリスクも増大する事になる。

また、リア荷重が過荷重になっても加速性が損なわれる事は先程説明した通りだし、制動時もフロント荷重が不足してはやはり充分な制動力を得る事は出来ない。

この様にブレーキング、コーナリング、立ち上がり加速等、バイクの状態が異なる状態の全てに対応出来る様全てのバランスを調整する事はいかに名メカニックでも困難だと言う事が出来る。

セッティングに悩むライダーのコメントを聞けば、それは明らかだ。ほとんどの場合セッティングに問題を抱えているライダーは「トラクションが充分にかからないので、トラクション重視のセッティングをするとフロントの接地感がなくなる。フロントの接地感を得ようとセッティングを変更するとリアのトラクションが不足する。」と堂々巡りになってしまって理想のセッティングが見つからないと訴えるのである。

ならば、フロントの接地感をしっかりセッティングで出した上で、リアの荷重不足をリアブレーキを活用する事で補えば理想的なセッティングが出来なくても充分速く走れるだろうと考えられるし、セッティングがいい状態なら更に速く走れるだろう。

結局、バイクの前後荷重のバランスはライダーの乗り方によってその都度変化している訳で、その都度その都度、バイクの前後荷重のバランスを上手くコントロールする事がライダーに求められているという事になる。

その場合、リアブレーキを使用すれば、その都度その都度バイクの前後荷重バランスをある程度コントロールする事が可能になる筈だ。それがドゥーハン、レイニーの言うリアブレーキを活用した「姿勢制御」だと考えて間違いないだろうと思う。

リアブレーキを活用しなくても、通常ライダーはバイクの上で前後左右に移動して、荷重バランスの制御、バイクの姿勢制御を積極的に行っている。それは手足の長い長身ライダーの方が有利とされていて、ロッシやかつて最速男の異名を恣にしたケビン・シュワンツがその代表格と言える。

だが、そのシュワンツも速さと引き換えに転倒が多く、同時代のレイニーやドゥーハンの様には安定して成績を残せず、ワールドタイトルを獲得したのは1回に留まっている。これはリアブレーキの活用がシュワンツの様な恵まれた身体を最大限に活用したライディングテクニックを上回る効果がある事の証しだろう。

特にブレーキング時のフロントの過荷重は転倒のリスクの高い状態であり、こればかりはライダーの体重移動だけでコントロールするには限界があり、ロッシ同様ハードブレーキングを武器にしていたシュワンツにとってのアキレス腱だったと言って良いだろう。

もし、シュワンツがリアブレーキを活用していれば、レイニーやドゥーハンを越える成績を残せたかも知れないし、リアブレーキの活用走法であれば、背が低く手足の短いライダーであってもその身体的ハンデを逆転する事が可能になると言えるだろう。

シュワンツやロッシの様な長身で身体的優位性を持ったライダーが、その優位性故にリアブレーキの活用走法を身に付ける機会を逸したと考えると皮肉な話だが、その身体的優位性にリアブレーキ活用走法を兼ね備える事が出来たら、それこそ本当に無敵の最強ライダーという事になるに違いない。

言うのは易しいが実際に行う事は非常に困難だと思われる。世界のトップレベルのライダーでさえ、リアブレーキを全く使わないと公言しているライダーもいる位なので、これは世界の最高峰クラスのトップライダーの中でもごく一部のトップ・オブ・ザ・トップのライダーしか会得する事が不可能なオートバイのレーシングライディングテクニックの究極の奥義中の奥義だと言っていいと思う。

だから、レイニーもドゥーハンも当時の最高峰クラスで無敵とも思える様な強さで君臨出来たのだと思う。

そして、今やロッシ、ペドロサ、マルケスと言った最強のライバル達を相手に年間8勝という圧倒的な強さと安定度を見せたロレンソはおそらくその領域に達したのだと考えるのが当然だと思う。

つまり、現在のロレンソの強さはリアブレーキを最大限に活用していると考えれば完全に説明出来てしまう。

序盤に強い事に関しては、他のライダーが何故序盤のペースが余り速くないのか?というとタイヤがまだ充分暖まっておらず、そのグリップ性能を充分発揮出来ないからだと言えるだろう。

しかし、他のライダーがリアブレーキを使わないのに対し、ロレンソだけがリアブレーキを活用していると考えると、ブレーキ時もフロントが過荷重にならず他のライダーより高い制動力と安定性を得ていると考えられるし、加速時にもリアに効率的に荷重をかけてトラクションを向上させて、まだ暖まっていないリアタイヤでも他のライダーより効率的にパワーを路面に伝えていると考えられる。

タイヤが暖まって来ると、ロレンソと他のライダーの差は詰まって来ると考えられるが、それでも減速時も加速時もロレンソが1番効率よく理想的に行っていると考えるとロレンソには僅かな優位性、あるいは余裕があると考えられるし、常に前後の荷重バランスを理想的に保っていると考えると、リアタイヤ、フロントタイヤ共にロレンソのタイヤは最も無駄な酷使をされていない分、他のライダーより消耗しないと考えられ、レース終盤ペースが他のライダーより落ちない事も説明がつく。

また、例えタイヤが消耗してしまったとしても、リアブレーキで荷重を理想的にコントロール出来る分、序盤と同じで他のライダーより強いブレーキ、強い加速が可能になり、終盤に強いもうひとつの理由になっていると考えられる。

また、転倒が少なく安定した成績を残せるのも、特に転倒のリスクの高いブレーキング時にフロントの過荷重を軽減している事で、他のライダーより転倒のリスクも軽減されていると考えると説明がつく。

かつて、ドゥーハンは他のライダーよりタイヤを消耗させない事で有名であり、また消耗したタイヤでのスライドコントロールでも他のライダーより優れていたと言われていたが、それもリアブレーキを活用する事で可能になっていた事だと考えると合点が行く。

そして、ドゥーハンの持っていたその特徴は、レイニーにもロレンソにも当てはまると僕は思う。僕はロッシが感じているロレンソがロッシ以上に強いブレーキが出来るという理由はロレンソがリアブレーキを活用しているからだと考えて先ず間違いないだろうと確信を持っている。

リアブレーキの荷重コントロールは全ての局面で有効だと思うが、中でもブレーキング時にフロントの過荷重を軽減する効果は最も高く、絶大であろうと思うからだ。

では、ロッシは過去のレジェンドライダー二人が身に付けていたそのテクニックを駆使していないのだろうか?

実は僕は以前はロッシもリアブレーキを活用しているのではないかと考えていた。ロッシの最高峰クラス7度制覇という偉業はレイニーやドゥーハンをも越える驚くべき成績であり、当然レイニーやドゥーハン同様の超高等テクニックを身に付けたからこそ、それだけの成績を残せたのだと考えていたからだ。

しかし、ロッシが足出し走法を始めた時から、その考えが揺らぎ始めた。何故なら足出し走法の目的はフロント過荷重の軽減としか考えられない為に、リアブレーキを駆使して荷重コントロールしているなら無用なテクニックだと感じたからだ。

考えられるとしたら、レイニー、ドゥーハンがリアブレーキを活用していたと明らかになった現在、MotoGPのトップライダーはロッシ以外にもそのテクニックを身に付けており、その中で更にハードなブレーキングをする為に足出し走法を編み出したという可能性だが、その可能性も足出し走法を始めた当初、左コーナーでしか足を出さなかったロッシが右コーナーでも足を出し始めた時に、ほぼ無くなったと言える。

もし、ロッシのマシンのリアブレーキが普通のフットペダル式だったとしたら、コーナー手前で右足を出している事いう事は、リアブレーキを使っていない事になる。そして、ロッシのM1を間近に見る事が出来たある人から、ロッシのマシンにハンドリアブレーキは装着されていないという情報を得ていたので、足出し走法をしているロッシが少なくとも減速時はリアブレーキを活用していない事がほぼ明らかになった。(その目撃証言が間違いまたは嘘、ハンドリアブレーキ以外の新方式のリアブレーキを採用しているという可能性は僅かに残っているが)

これが事実だとすると、驚愕すべき事だと思う。レイニー、ドゥーハンを越える様なレース史に残る成績を残し、幾多の記録を書き換えて来たロッシが、リアブレーキを活用するテクニックを身に付けずにそれを達成していたとすれば、それは改めてロッシが天才的なライディングセンス、天性の驚異的に高い身体能力とバランス感覚を備えている事の証明だと言えると思う。

そして、現在、レースセッティングの1ラップではロレンソと比べてもほぼ遜色無いラップタイムを刻めるロッシが、序盤と終盤にはロレンソに敵わない理由を考えた場合、ロレンソがリアブレーキを活用し、ロッシはリアブレーキを活用していないと結論付ける事が最も自然であり、その事実によって遂に完全にロッシがリアブレーキを活用していない事が明らかになったと考えて良いと思う。

特にハードブレーキングを最大の武器とするロッシの場合、タイヤが充分に暖まっていない序盤には、転倒のリスクを避ける為に全力でブレーキングする事が出来ていないと考えられ、それがロッシが序盤を苦手としている最大の理由と考えて良いと思う。

これは恐ろしい事だ。それはロッシ程の偉業を成し遂げたライダーに伸び代がまだ残されている事を意味し、ロッシがそれに挑戦しようとしている事を意味しているからだ。

そして、ロッシのライディングテクニックが他のライダーと比べて特殊なものではなく、単にロッシ個人の能力の高さが他のライダーとの差になっていたと考えるならば、トラクションコントロールを初めとする電子制御の性能向上が、その差を埋めた事によってかつての優位性が失われつつあるのだと考えるとロッシの現状を説明する事が可能になるし、その中で1歩抜出る序盤、終盤の強さを備えたロレンソは電子制御によっては埋められない、根本的に他のライダーより優位性をもった特殊なライディングテクニックを使っているからだという事も説明がつく。

結論としては、僕は2013年のロッシのライディングはドゥカティに移籍する前の2010年以前のレベルに戻っていると考える。そして、ロッシの現在のライディングスタイルを最大限に引き出せるマシンセッティングも可能になっているに違いない。

だから、マシンもライダーももう完璧。これ以上の向上の望みはないというのが、今年までのチーフ・メカニック、ジェレミー・バージェスの判断であり、それを受け入れるべきというのが彼の考えで、そのバージェスと一緒にやれる事は全てやった。しかし、まだ更に向上する為にバージェスと一緒では出来なかった新しい事への挑戦を新しいチーフメカニックと模索しようというのがロッシの考えなのだろう。

しかし、ここでひとつの疑問が浮上して来る。バージェスは他ならぬドゥーハンのチーフメカニックを務めていた人物である。当然、ドゥーハンがリアブレーキを活用していた事は知っている筈だし、ドゥーハン以前に担当していたフレディ・スペンサーやワイン・ガードナーが圧倒的な速さを持ちながら安定して成績を残せなかったのに対し、ドゥーハンが安定した成績を残せた秘密がリアブレーキの活用にある事を身を以て体験した張本人である筈です。

そのバージェスがロレンソの強さの秘密がリアブレーキの活用にあると考えなかったとは思えないし、その事をロッシにアドバイスしなかったとは考え難い。

かつて僕がロッシがリアブレーキを活用しているのではないか?と考えたのも、他ならぬバージェスがチーフメカニックだったからだ。

その疑問を解く答えは、おそらくはバージェスはロッシが今からリアブレーキ活用のテクニックを身につけるのは無理だと考えているからではなかいか?という事しか思いつかない。

もしかしたら、最高峰クラスに上がった頃からロッシのチーフメカをしていたバージェスはその時にもうドゥーハンの強さ秘密がリアブレーキの活用にある事をロッシに伝え、それを会得する事を勧めたが、ロッシはそれをしなかった、または出来なかったのではないだろうか?

バージェスが、ロッシが若く伸び盛りだった頃に出来なかった事を、キャリアの終盤に差し掛かった現在やろうとしても出来ないだろうと考えたとしても無理はない。

問題は若い頃のロッシがそれをやろうとして出来なかったのか、それともやろうとしなかったかにかかっていると思う。

ロッシがバージェスのアドバイスは一旦置いておいて、自分の今までのやり方でどこまでやれるか試してみたかったと考えたとしたら、やろうとしなかったという可能性も充分考えられる。

そして、それで最高峰クラスのタイトルを獲得し、何度も防衛出来たと考えると、ロッシが敢えて今の自分のやり方以外の方法を試さなかったとしても不思議ではない。

また、2006年2007年と連続してタイトルを失った後も、ロッシには足出し走法というリアブレーキ活用以外のアイデアがあり、他人の物真似をするのは自分オリジナルのアイデアを試してからでも遅くないと考えたとしてもおかしくはない。

だとすれば、いよいよ今まで試してみなかったバージェスのアドバイスに今こそ挑戦するタイミングが巡って来たのだと言えるだろう。

だとしたら、バージェスがそれに協力しないのは不可解だが、バージェスは今から挑戦したのではもう遅過ぎる。それに挑戦するならもっと若い頃にするべきだったという考えなのかもしれない。

確かにレイニー、ドゥーハンがリアブレーキを活用していたと分かっている現在でも、それが一般的なテクニックになっているとは言い難く、それが世界のトップレベルのライダーでも体得が難しい高度なテクニックである事は間違いない。

一時は多くのライダーがドゥーハンのリアハンドブレーキを真似したが、それで成果を上げたライダーというのは聞いた事がなく、いつしかブームは去ってしまったと言っていい。

だから、バージェスが今からロッシがそれを会得するのは無理だと考えたとしても、不思議ではないと思う。

あるいは、ロッシの考えはリアブレーキの活用ではなく、そのあてがあるのかないのかは分からないが、新しいチームメカニックと模索しようと考えている事は別の事なのかも知れない。

しかしながら、チーフメカニックの交代はロッシ自身も、自分はかつてのレベルのライディングを取り戻していると判断し、バージェスも従来のやり方でのベストマシンのセッティングは出来ていると考えたからこそ、新しいチーフメカニックと新しいマシンセッティング、新しいライディングのどちらか、あるいはその両方に挑戦しようと考えているに違いない。

ロッシ程の偉業と言って間違いない成績を残して来たライダーが、更に高いレベルを目指して挑戦しようというのだから、これは空恐ろしい事だ。そして、僕はそれがリアブレーキの活用だとすれば、ロッシがかつて以上の速さと強さと獲得して、再びMotoGPの頂点に立つ事は充分可能だと思う。

ロレンソもロッシに関して、「ロッシが僕のスタートダッシュの強さの秘密を知ったら、僕は勝てなくなるだろう。」とコメントしている。ロレンソは成績でロッシを圧倒している現在でも、ロッシに対する敬意を忘れない謙虚な姿勢を崩していないが、自分のリアブレーキ活用走法の効果の高さを知っているからこそ、それを身に付けずに驚異的な成績を残し、現在も1ラップであれば自分と遜色無いタイムを刻めるロッシの凄さを誰よりも実感しているに違いない。

逆に言えば、僕はロッシがリアブレーキ活用走法を身に付ける以外にロレンソを越える方法が別にあるとは思えない。

そして、それが出来た時、レースセッティングでの約0.1秒の差は単に逆転するだけでなく、更に大きな差になる事も充分考えられる。そして、それが可能になれば、それは現在M1よりも高い優位性を持っていると考えられるRC213Vに乗るペドロサ、マルケスを打ち倒す事も充分に可能になるだろう。

足出し走法という、新しい走法を編み出し、それを一般的なテクニックにしただけでも、ロッシは歴史に残る事をやり遂げたと言えるだろうし、それはハングオフ走法を編み出したキング・ケニー以来の偉業だと言える。

しかし、それを封印し更に高いレベルのテクニックを体得し、再び、いや八度世界の頂点に立つ事になったら、それは本当に人間の可能性の限界を拡大する様な桁違いの偉業になるに違いないと思う。

2014年、ロッシが足出し走法をしなくなる時が来るとすれば、それはロッシの反撃の狼煙だと思う。今シーズンはロッシの足に注目してMotoGPを見守って行きたいと思う。


2013年8月3日土曜日

ドゥカティはL型レイアウトのエンジンを捨てない限り低迷脱出出来ないのか?

遂にカル・クラッチローの来季ドゥカティワークス入りが発表された。

C.クラッチロー、ドゥカティ・チームへの移籍が決定

一方で、2011年はそのカルとテック3でチームメイトだったアンドレア・ドヴィツィオーゾは一足早く今年からドゥカティ・ワークスへと移籍し、ロッシの後任という重責の中、開幕戦カタールGPで予選4位というヤマハに復帰にしたロッシを上回るポジションを獲得し、第4戦フランスGPではフロントロウとなる予選3位を獲得する等、好調な滑り出しだったが、第7戦アッセンでは、サーキットとドゥカティとの相性の悪さも影響し、フリー走行総合で予選2へ直行する10位以内に入れなかったばかりか、予選1でも同じドゥカ2台とCRT2台の後塵を拝し予選2への進出を逃して予選15位から、決勝はかろうじて10位に入るという低迷を極め、好調に見えたシーズン序盤の印象を霞ませる状況でシーズンの折り返しを迎えている。

現在のドヴィの状況は、以前このエントリーで振り返ったロッシの移籍初年度の状況を彷彿とさせるものだった。ロッシの場合も移籍直後のシーズン序盤は驚く程好調だったが、マシンの開発が進むに連れ、ニューマシンを投入するに連れ、逆にどんどん成績は低迷して行った感が強い。

2007年にドゥカティに唯一のタイトルをもたらし、ドゥカティを速く走らせる事が出来た唯一のライダーであるケーシー・ストーナーがドゥカを去ってから、ドゥカの不振は長く続いている。

何故、ドゥカは低迷から抜け出す事が出来ないのか?そして何故ケーシーだけがドゥカを速く走らせる事が出来たのか?この二つの問いは表裏一体だと言っていい。

ドゥカの低迷が続いてる原因はL4エンジンレイアウトが車体設計を難しくしているという事と、その問題を認識しているなら少なくともそのフレームと相性が悪いと分かっているブレーキング重視のライダーを起用してはならないのに、どちらかと言うとブレーキングを重視するライダーばかり起用しているからだと言っていいだろう。

ブレーキングを重視するライダーというのは、どちらかと言うと基本に忠実で車体で曲がるライダーだと言う事が出来、ケーシーはブレーキングを重視するタイプのライダーではなく、どちらかと言うと車体で曲がるのではなく、パワースライドで曲がるライダーだと言える。

しかし、ケーシーがドゥカを去った後、ドゥカワークスが起用したライダーはロッシもドヴィも、そして今回移籍が決まったカルもどちらかと言うと基本に忠実な車体で曲がるライディングスタイルのライダーであり、ブレーキングを重視するライダーだと言える。

だから、ロッシもドヴィも移籍した最初は今まで乗って来たブレーキング時の安定性の高い日本製マシンと大きく特性の違うドゥカに、自分の乗り方の方を合わせていたのだと思うが、二人ともドゥカの特性を自分の走り方に合う日本製マシンの特性に近づけて、自分本来の走りを出来る様にする事を目的に、マシンセッティングの改良やマシン開発に取り組んで行ったのだと思うのだが、そうすればする程迷路に迷い込んで低迷してしまうのだろうと思われる。

両者とも、先ずはドゥカの特性を理解し、ドゥカの特性に自分のライディングを合わせて走っていた方が成績が良かったと思われる事からも、ドゥカがL4レイアウトを捨てない限りは、ドゥカの特性に合うライダーのスタイルを理解して、現在のドゥカの特性のまま速く走らせる事が出来るライダーを選んで起用すべきだし、そうではなく、ケーシーの様な突出した独特のライディングスタイルのライダーしか速く走れない様なマシンから脱却したいと考えるなら、L4レイアウトと決別すべきだろう。

しかし、ケーシーを失ってからのドゥカはケーシー以外のライダーでも速く走れるマシンの開発を目指し、その為にホンダワークスやヤマハワークスでの開発経験のあるライダーを起用していると思われるにも関わらずL4レイアウトを捨てるという決断が出来ないでいる。

その戦略が根本的に抱えている矛盾こそがドゥカの低迷の1番の原因であると言っていいと思う。

では、L4レイアウトのどこが問題なのか?を考える前に、世間ではドゥカの抱えている問題を90度V型エンジンを採用している事にあると考えている人が多い様なので、その点の誤解を解いておきたい。今年のプレシーズンホンダのRC213Vが90度V4である事が公表されて世間を賑わせた。

RC213VはV型90°エンジン!中本修平、遂に公表!!

その話題で引き合いに出されるのはドゥカであり、多くの人がドゥカの問題を90度V4エンジンであると考え、RC213Vが90度V4である事が判明した事で、ドゥカにも技術力があればその問題を解決し、RC213Vと対等なマシンが開発可能である事が証明されたと考えたのではないかと思われる。

しかし、実際の所はV型であれ、L型であれ前後シリンダーの挟角が90度であろうが、75度前後であろうが、それはさほど大きな問題ではなく、それ以上にV型レイアウトかL型レイアウトかという事の方が大きな問題であると考えられる。

その証拠にホンダは80年代からRVFシリーズでは一貫して90度V4エンジンを搭載し、TTーF1、スーパーバイク、世界耐久、8耐で最速最強の名を恣にするほどの実績を残して来ているし、RC211Vで75.5度の挟角を採用したのはV5でバランサーなしで一次振動ゼロとする事が出来た為に過ぎず、V4のRC212Vでは一次振動をゼロにする効果は無くなったが、継続して75.5度の挟角を採用したのはエンジンを少しでもコンパクトにする事で、車体をコンパクトにする事を狙っていたと思えるが、車体をコンパクトにし過ぎたRC212Vではむしろ長い間フロントのチャタリングに悩まされる等問題も多く、特にそこまでしてコンパクトにする意味はなかったと思われる。

特にブレーキングの安定性が乏しく2010年にはとうとうペドロサから、その問題が解決されないなら移籍するとまで迫られて、サスペンションをオーリンズに変更する等車体を大幅に改良してその問題を解消するに至ったが、その結果RC212Vは800cc最終型の2011年型では翌年デビューした1000ccのRC213Vと外観の印象がほとんど変わらない程大柄になり、RC213Vでは75.5度の挟角は補機類のレイアウトが苦しくなる等のデメリットを上回るメリットがないと判断されて90度Vを採用するという結果になっている。

75.5度Vを採用したままの2011年型RC212Vで圧倒的な強さでケーシーがタイトルを獲得しているし、90度VながらRC212Vの延長線上で開発されたと思われるRC213Vではタイヤレギュレーションの問題等でタイトルは逃したとは言え、ケーシーも2011年に引けを取らない速さを見せ、ペドロサも最多勝を獲得する等タイトル獲得に匹敵する程の内容の成績を残した事から、90度Vと75.5度Vのわずか14.5度の挟角の差は車体設計に対する影響がそれ程大きくはない事を物語っていると思う。

では、V型レイアウトに対し、L型レイアウトのどこにそんなに問題があるのかという事を考えて行きたいと思う。

先ず、第1の問題はL型レイアウトだとエンジン長が長い為に普通に車体を設計するとロングホイールベースになってしまう事だと言える。並列レイアウトのエンジンに対し、V型レイアウトでも問題だと言われている事ではあるのだが、L型レイアウトの場合は、クランクケースを基準にして、前方シリンダーがほぼ水平に前方に突き出している為に、現存するエンジンレイアウトの中で最も前後長の長いレイアウトという事になり、V型レイアウトより深刻な問題になっていると言える。

この事は、ドゥカの長い歴史の中で昔から言われている事で、ドゥカの最大も問題と考えられて来たと言って良いと思う。

ロングホイールベースになると直進安定性は増すが、旋回性は悪くなるのが普通であり、旋回性を重視するレーサーの場合は直進安定性を著しく損なわない範囲でショートホイールベースにする事が望ましいのは言うまでもない。エンジン長が長くてもスイングアームを短くすればショートホイールベースにする事は出来るが、スイングアームを短くするとウィリー特性が悪化するし、リアタイヤへのトラクションがかかり難くなる。

この辺りは加速性能だけを競うドラックレーサーが通常より長いスイングアームを採用している事を考えれば、良く理解して頂けると思う。その狙いはウイリーし難くする事と、トラクションを向上させる事にあるのは明らかだ。

そこで、従来のドゥカはスイングアームピポッドレスのフレームを採用する事で、スイングアームの長さを犠牲にする事なく、ショートホイールベースを実現する手法を取って来た。

だが、ピポッドレスフレームにはおそらく剛性が不足するというデメリットがある筈だ。ロッシの様なブレーキング重視で車体で曲がるスタイルのライダーの場合、フレーム剛性というのは最も重要視する項目だろうと思われる。従ってロッシ移籍後のドゥカの開発はフレーム剛性の確保という方向に向かうのは想像出来た事であるし、以前のエントリーでも書いた様に想像通り、アルミフレーム化した上で、ピポッドレスの廃止へと進んで行ったのは必然だったと言えるだろう。

しかし、ロッシ在籍時ピポッドレスを廃止した事に対する悪影響がロッシの口から語れる事はなく、現在においてもドゥカからピポッドレスフレームへ回帰する動きは見られない。

ドゥカがどうやってピポッドレスフレーム廃止によるスイングアーム長不足の問題を解決したのだろう?と疑問を持ち続けていたのだが、最近になってどうやら解決出来ていないと感じさせるニュースが報じられた。

ドゥカティ・チームがミサノで2日間のプライベートテストを実施

この中でアンチウイリーの問題に取り組んだという事が書かれている。ドゥカがウイリーしやすいという問題を抱えているのだとすれば、それはスイングアームの短さが原因と考えられる。しかし、ドゥカはそれを電子制御によるアンチウイリーの改善で解決しようとしているのである。

しかし、それでは根本的解決にはならない筈だ。エンジン出力を調整する事でウイリーをしないように制御するという事は、立ち上がり加速時にエンジン出力を抑える事になり、立ち上がり加速で不利になってしまう。

その時に僕はある事に思い立った。

ドゥカティ GP12の現行エンジンはスクリーマーなのか?

僕は昨年ロッシの「GP12のエンジンは乱暴すぎる」と言っていたのに疑問を感じて上記のエントリーを書いた。その時の疑問は11年にGP12のプロトタイプに試乗した時にはエンジンが素晴らしいと言っていたのに、実際にそのGP12に乗った12年シーズンでは乱暴と言った事で、11年のプロトタイプの時点ではビッグバンだと公表されていたエンジンがスクリーマーに変更になったのではないか?と考えたからである。

しかし、どうやらその推理は間違っていた様だ。エンジンを乱暴だと言ったロッシの言葉をそのままストレートに受け止め過ぎてしまった故の間違いだが、11年に試乗したGP12のプロトタイプと実際にレースで使用された本物のGP12にはエンジン以外に大きな違いがあったのを見落としていたのだ。

そう、11年に試乗したGP12プロトはピポッドレスのカーボンモノコックフレームであり、実戦に使われたGP12はピポッドのあるアルミツインスパーフレームだったのである。

GP12のエンジンが乱暴過ぎたのではない。スイングアーム長の短い実戦用GP12はその為、ウイリーがし易く、そしてリアタイヤにもトラクションがかかり難く、立ち上がり加速時にリアタイヤがホイールスピンし易い等の弊害があった筈だ。

乗っている本人にすれば、リアがスピンし易くウイリーし易いとなると、エンジンが乱暴過ぎると感じたとしても不思議ではない。しかし、それをスイングアーム長が原因と考えず、エンジン特性のせいだと誤解したら、いくらエンジン特性を調整した所で解決する筈もなく、逆にエンジン出力を抑制する事でより競争力を損なう事になるだけだろう。

僕はこのテストがドヴィが散々な結果に終わったアッセンの直後だった事に注目した。アッセン直後のテストでアンチウイリーの改善に取り組んだという事は、アッセンでの不振の一因にそれが関係していたという判断に違いない。

先程も振り返った通り、ロッシはドゥカ初年度のアッセンでは、ロッシが得意とするサーキットだったという事もあり、3位表彰台のドヴィに接近する4位というドゥカ時代のドライでの最高位を残している。

対するドヴィだって、11年に3位表彰台に登っている位だから、アッセンは得意なサーキットだと言っていい筈だ。事実、昨年もサテライトマシンで3位表彰台に登っている。しかし、ドゥカに移籍した今年はロッシのドゥカ初年度の4位とは比べ物にならない低迷振りである。少なくとも11年の段階では、ドゥカに今程深刻なアッセンとの相性の悪さはなかったという事だろう。

では、12年のアッセンでのロッシの成績はどうだったのか?・・確認してみると予選10位決勝13位という惨憺たるものだった。ホンダワークスのドヴィと表彰台を争い、ドライで表彰台に立つ日もそう遠くないと感じさせられた11年のアッセンとは雲泥の差と言っていいだろう。

ドゥカにたった1年でアッセンとの相性をここまで悪くさせる何があったのか?答えは明らかだ。GP11はピポッドレスのカーボンモノコックフレーム、そしてGP12もGP13もピポッドのあるアルミツインスパーフレームである。

最早、ピポッドレス廃止を選択したのは、ドゥカのレース史上最悪の失敗、最大の改悪であると断じるのに充分ではないだろうか?

何故その決断をしたのかと言えば、全てはブレーキング時の安定性を確保する為にフレーム剛性を高める事が目的だった筈だ。しかし、ロッシは結局最後までブレーキング時の安心感を得る事が出来なかったとコメントして、最も安心してハードなブレーキングが可能だと評価するとヤマハに復帰し、現在もドヴィがブレーキング時の安定性が不足している事を課題に挙げる状況は変わっていない。

狙っていたメリットが充分得られていないにも関わらず、ここまで大きなデメリットを許容する理由は微塵もない筈だ。ブレーキング時の安定性の確保をとりあえず先送りにしても、再びピポッドレスフレームに戻す決断をする事が急務であると僕は考えるがどうだろうか?

では、そこまでのデメリットを受け入れてまで、日本製マシンと同じピポッドのあるアルミツインスパーフレームを採用したのにも関わらず、何故ドゥカは未だにブレーキング時の安定性を手に入れる事が出来ていないのか?

その答えもL型レイアウトのエンジン形式に問題があるという事が出来るだろう。エンジンというのはバイクの車体の中で最も重い重量物である。従って車体バランスを考える上で、エンジンの重量バランスは最も大きな要因であるという事が出来る筈である。

フレームを日本製マシンと同じにしても車体バランスが改善されないとすれば、残る問題は明らかである。L型エンジンの重量バランスが悪い為にフレームが同じでも、ドゥカの車体バランスは悪いままなのである。これ以上改善するとすれば、エンジンレイアウトをL型レイアウトから変更する以外に手はないだろう。

では、続いてL型レイアウトのエンジンがどの様に重量バランスが悪いのかという事を考えてみたい。

それを考える上で、先ずはどの様なエンジンレイアウトが重量バランスが良いのかという事を考えると、現在のMotoGPマシンを車体特性の良い順に並べるとヤマハYZRーM1>ホンダRC213V>ドゥカティGP13の順である事は異論の挟む余地はないのではないかと考える。

という事は、単純に重量バランスの良いエンジンレイアウトは並列4気筒>V型4気筒>L型4気筒の順であると考えて間違いないと思う。

並列4気筒とは言っても、ヤマハが80年代にGENESIS思想を掲げて開発した前傾並列4気筒が現在のベストなエンジンレイアウトと考えていいだろうと思う。

前傾並列4気筒エンジンは、それまで4サイクルのプロダクションレースに力を入れて来なかったヤマハがその為に4サイクルの大排気量車のセールスで他社に劣勢だったのを好転させる為にプロダクションレースに本格参入する際にそのベース車として開発したFZ750に初搭載されたものである。

4サイクルのプロダクションレースで他車に遅れを取っていたヤマハだけに、そのレイアウトを決定するのには様々な検討と試作を経ての事だろう。当然レーシングエンジンとしてはベストと考えられていたV型4気筒を採用するプランもあり、実際にプロトタイプのレーシングマシンも製作されたが、最終的にはプロダクションレースーのベースには前傾並列4気筒が採用され、プロトタイプマシンまで製作されたV4プロジェクトは市販車のV-MAXとして結実した。

前傾並列4気筒エンジンはダウンドラフトキャブを採用し、吸気ポートと排気ポートをほぼストレートという理想的なレイアウトにする事が最大のメリットであったが、その事がシリンダーヘッドという幅広な重量物がガソリンタンク直下の高い位置に存在するという重量バランスとフレームレイアウトのデメリットを同時に解決する事になり、新世代の理想的なエンジンレイアウトとしてGENESIS思想を掲げる根拠となっている。

FZ750に搭載されたシリンダーの前傾度は45度であり、従来の直立型並列4気筒に比べエンジン前後長が長くなる事が唯一のデメリットであり、実際FZ750はいかにも前後に長いロングホイールベースと思われるスタイルが特徴的だあった。

しかし、FZ750はそのデビューレースである85年のデイトナ200マイルで、エディ・ローソンのライディングでライバルのフレディ・スペンサーの駆るVFR750Fに破れデビューを勝利で飾る事は出来なかったが、翌年のデイトナ200マイルではフレディとVFR750Fを破って優勝を飾り、レースベース車としての素性の高さを証明している。

だが、8時間耐久ロードレースにそのFZ750ベースのFZR750を開発する事になったヤマハのレース部門はGPレーサーのYZR500と同じディメンションを実現する為にFZ750のエンジンを10度後傾してマウントし、実質的にシリンダーの前傾度を35度に設定した。

FZR750もエンジンブローによるリタイヤを喫し、デビューレースを飾る事は出来なかったが、ケニー・ロバーツの手により当時のコースレコードを更新。レース内容でもRCB以来プロダクションレースの長い経験を誇るホンダの黄金期を築く事になるRVFと現役WGPライダー、ワイン・ガードナーの組み合わせを圧倒していた。プロダクションレースに本格参入したばかりのヤマハがそれだけの成果を上げた事でも、ヤマハが見い出した前傾並列4気筒エンジンのレースエンジンとしての資質の高さを証明したと言えるだろう。

それ以後ヤマハの並列4気筒エンジンは前傾35度を採用しており、他社の並列4気筒エンジンもそれに倣ったレイアウトを採用し、現在ではプロダクションレースの世界では主流のエンジンレイアウトになっており、ヤマハのGENESIS思想の先見性が証明された形になっている。

前傾並列4気筒エンジンがレース用エンジンとしてベストなエンジンレイアウトとするならば、その1番のメリットは後方シリンダーが存在しない事だと言えるだろう。シート下のスイングアームピポッド部やリアサスペンションの設計をする上で邪魔になる位置にシリンダーが存在しない事は車体設計上の大きなメリットになる筈だ。

そして、重量バランスという事で考えるなら、後方シリンダーがなく、シリンダーという重量物が前方に集中している前傾並列4気筒がベストだとすれば、後方シリンダーの存在は重量バランスにおいて大きなデメリットになると考えられる。

ホンダはL型エンジンを自社のアイデンティティと考えているドゥカの様な拘りはなく、エンジンレイアウトがV字に見えようがL字に見えようが構わず、車体設計において試行錯誤を繰り返しベストなレイアウトを模索したのではないかと思うが、ホンダのV型レーシングエンジンは、実際には完全なV字レイアウトという訳ではなく、20度程前傾している。

恐らくは前後シリンダーのあるエンジンとしてのベストな重量バランスは、この20度前傾付近だと考えて良いだろう。

興味深いのは、ヤマハの前傾並列4気筒エンジンでも、ホンダの前傾V型4気筒エンジンでもメインフレームのステアリングピポッド付近のやや下方にシリンダーヘッドが存在するというレイアウトになっている事である。

現在のMotoGPマシンで、その付近にシリンダーヘッドが存在するレイアウトとなっていないのはドゥカだけであり、その事が重要な意味を持っている事が容易に想像出来る。

つまり、メインフレームのステアリングピポッド付近のやや下に最も大きな重量物があるのが前傾並列4気筒エンジン車であり、その部分にその約半分の重量物があるのがV型4気筒エンジン車であり、その部分にこれといった重量物が存在しないのがL型4気筒エンジン車であるという事が出来、これは言い方を変えれば、メインフレームのステアリングピポッド付近のやや下方に重量物があればある程、車体バランスは向上する。もしくはブレーキング時の安定性が向上するという仮説が導き出せる事になる。

それはどういう理由によるものだろうか?考えてみると簡単な事である。ステアリングピポッド部というのは、フロントフォークの支点となる場所である。その付近に重量物があるという事は、ブレーキング時にフロントフォークに荷重がかかり易い事を意味し、フロントフォークに効率よく荷重がかかる程、ブレーキング時の安定性は増すのだろうと解釈する事が出来る。

また、前傾並立4気筒エンジンでも前傾V型4気筒エンジンでも、メインフレームのステアリングピポッド付近からその下方にあるシリンダーヘッドに対しエンジンハンガーが伸びエンジンがマウントされている。メインフレームのステアリングピポッド周辺部は最も高い剛性が要求される部分であるが、両者の場合シリンダーヘッドがメインフレームのステアリングピポッド部の補強メンバーとして活用されていて、剛性を高めるのに一役買っているものと思われる。

ドゥカの場合、その部分にシリンダーヘッドが存在しないので、フレーム自体の剛性が並列4気筒車やV型4気筒エンジン車と同等だと想定した場合、シリンダーヘッドによる補強がない分剛性不足になると考えられる。

それを補おうとすれば、メインフレームのステアリングピポッド部を今以上に幅を広げたり厚くする等する必要があるだろう。というか、他車では存在するシリンダーヘッドと同じ位の重量物を補強メンバーとして追加する必要がある筈だ。

しかしながら、ドゥカの場合、他社のシリンダーヘッドが存在する場所には、レイアウト的にはエアクリーナーボックスが存在すると考えられ、それは不可能だと考えられる。また仮に出来たとしても、他車であればそれをシリンダーヘッドという必要な部品で兼用出来るのに対し、ドゥカの場合、シリンダーヘッドを兼用せずに同じ位の補強メンバーを加える事を想定すると、その分車重が増えるというデメリットを伴う事は避けられない。

シリンダーヘッドという重量物が存在すべき場所にエアクリーナーボックスという、恐らくは非常に軽く剛性も低いパーツが存在すると考えれば、そのデメリットの大きさは想像するに難くないと思う。

それだけではなく、前方シリンダーがほぼ水平という、限りなく前寄りの低い位置にある事、後方シリンダーがほぼ直立という高い位置にある事も、重量バランス的に大きなデメリットとなっている事も間違いないと思うが、そのデメリットを検証するまでもなく、L型レイアウトというのが、如何に多くのデメリットを抱えているレイアウトなのかが理解出来るのではないかと思う。

こう考えると、L型レイアウトを採用している限り、ハードなブレーキングを得意とする様なライダーには全く不向きなマシン特性を改善する事は全く不可能だと考えざるを得ない。

L型レイアウトを諦めるか、ブレーキング重視のライダーでも速く走らせる事が出来るマシン開発を諦めるかの、二者択一をするしか道がない事は分かると思う。この矛盾する二つの事を両立させる事はどんなに考えても不可能なのだ。

L型レイアウトを捨てると言っても、今のエンジンをそのまま35度程度後傾してマウントさせれば、それで済む話だと思う。エンジンの設計は変えてない、ただ、少し後傾してマウントしただけで、L型エンジンである事には変わりはないと主張する事も出来なくはないだろう。

しかし、ドゥカのアイデンティティがそれを許さないのだとすれば、ドゥカはブレーキング重視のライダーでも速く走らせる事が出来る特性のマシン開発を諦め独自の道を進むしかないだろう。

異なったエンジンレイアウトのマシンが同じ特性になる事はあり得ない。ドゥカが飽くまでもL型レイアウトを採用し続けるのであれば、ロッシ移籍以前の様に、L型レイアウトに合った車体設計を追求し、その車体特性に合ったライディングスタイルのライダーを起用、または育てる事を考えるしかないと思う。

おそらく、L型レイアウトのエンジンに最もマッチする車体は、ドゥカが長年のノウハウの果てに辿り着いたピポッドレスのカーボンモノコックフレームではないかと思う。

その完成の域に到達したマシンで、ロッシはウェットレースとは言え、最速のRC212Vに乗り絶頂期にあったケーシー・ストーナーと互角以上のバトルをして、接触転倒させしなければ優勝していたかもしれないと思える程のレースをした。

多分、あの時のGP11はドゥカのレース史上、最も完成の域に達したレースマシンだったのではないかと思うし、結局実戦に投入される事はなかったピポッドレスのカーボンモノコックフレームを採用したGP12が投入されていたら、ロッシとドゥカの2012年シーズンにはもっと違ったストーリーが待っていたのではないかと思う。

結局、ロッシとドゥカの2年間はロッシの決断が間違っていた事を証明する2年間であったのと同時に、ロッシが移籍する前までのドゥカティの歴史が間違っていなかった事を証明する2年間だったのではないかと思う。

結局L型レイアウトエンジンを搭載するドゥカの特性を、前傾並列4気筒エンジンを搭載するヤマハM1を理想の特性とするロッシの望む特性にしようという考え自体が根本的に間違いであり、そもそも不可能な挑戦だったのだ。

ロッシは自らの間違いを認めて、ドゥカを去った。しかし、ドゥカは今もロッシ移籍以前の自らの歴史は間違っていなかったと認める事が出来ず迷走を続けている。

僕は全てのメーカーのレースマシンが同じ方向性の特性になる必要はないと思うし、レースマシンもライダーも個性があってバラエティに富んでいた方が面白くていいのではないかと思う。

ドゥカティには、是非とも自らのアイデンティティを胸を張って肯定して、日本メーカーとは違う独自の道を進む決断をして欲しいと思う。

2013年7月7日日曜日

ロッシ、ヤマハ復帰7戦目で移籍後初優勝

スートナーが引退し、大型ルーキー、マルケスがレギュレーション変更を受けてレプソルホンダから最高峰デビュー、そしてドゥカティでの2年間の不振を経てロッシがヤマハワークス復帰と話題の多い2013年シーズンが開幕し、7戦目のダッチTT・オランダGPで遂にロッシがヤマハワークス復帰後初優勝を遂げた。

決勝レース:V.ロッシが2010年10月以来2年8ヶ月ぶりに優勝

ロッシはもう終わったなどと嘯く者も少なくないが、僕は去年のエントリーにも書いた通り、シーズン後半にはまた優勝争いに加わってくれるだろうと予測していたので、それは僕の予想より少し早く実現した。やっとという感想を持った人も多いだろうけど、僕としては思ったよりも早かったという印象だ。

僕がロッシが本来の速さを取り戻すのにはもう少し時間がかかると思っていたのには二つ理由がある。

ひとつは、ヤマハとは全く特性の違うドゥカティに2年間も乗っていた為に、ライディングのフィーリングが戻るのに結構時間がかかるだろうと思っていた事。

もうひとつは、長年乗り馴れたヤマハのマシンとは言え、2年間の間に開発も進み、特に2012年には800ccから1000ccに変更になり、エンジンも車体も完全に新しくなっており、2年前のデータはもう流用出来ないので、新しいマシンの走行データが揃ってロッシの走りに合わせたセッティングを出来る様になるには時間が必要だと思っていた事だ。

特にその1000ccのM1はロレンソが主導で開発したマシンであり、ロッシがいなくなった2011年のロレンソの走行データを基に開発され、更に2012年にロレンソの実戦データを基にモデファイが加えられ熟成されて来たマシンである。ロッシが主導で開発してた頃のM1とは特性が大きく変わっている可能性も高い。

だから、セパンで行われた今年最初のプレシーズンテストの初日にロッシがいきなりロレンソから0.3秒落ちのタイムを記録した時には正直少々驚いた。2年間のブランクを経て、データのない1000ccのM1に乗っていきなり、そのマシンの開発を主導し、去年1年間の豊富な走行データを持っているロレンソにそこまで接近したタイムを出せるとは思っていなかったからである。

オフィシャルテスト1日目:D.ペドロサが1番時計発進

それはやはりヤマハの持つ基本特性がロッシのライディングスタイルにベストマッチしており、ロッシがそういう特性のマシンで走る事を渇望していたからこそだと思う。

僕はロッシが遠からず、また優勝争いに加わるレベルに戻って来るだろうという予測に改めて確信を強めたが、それでもそれがシーズン後半までかかるだろうという予測を覆すまでには至らなかった。何故ならその0.3秒を縮めて行く事とこそが本当に困難な事だろうと思っていたからだ。

しかし、ロッシはその後も順調にプレシーズンテストを重ね、ヘレスでのプレシーズンテストでは遂にトップタイムを記録する。

オフィシャルテスト2日目:V.ロッシがヤマハ復帰後初の1番時計

これはヘレスがヤマハ向きのサーキットであり、ロレンソよりもヤマハの特性にジャストフィットするロッシのライディングスタイルがより効力を発揮出来るサーキットである事を示しているとも言えるが、それでもテストはテストであり、実際のレースで直ぐにロッシがロレンソと真っ向から競り合いが出来るとは思わなかった。

レースで重要なのは一発のタイムではなく、長いレースで安定して高いラップタイムをキープする事が重要であり、それは実際にレースをやってみないと分からない。実際に、これまでもプレシーズンの結果を基にシーズンの展開を予想しても、その予想通りの展開にならない事の方が多い。

それでもロッシは開幕戦のカタールGPでヤマハ復帰戦を2位表彰台獲得という申し分ない成績で飾った。

V.ロッシがヤマハの復帰戦で逆転の2位を獲得

だが、それ以後の5戦は表彰台から遠ざかっていた。特に予選でなかなかセカンドロー以上のポジションを獲得出来ず、また決勝レースでも序盤の出遅れを挽回出来ずにそのまま差を詰められずレースを終えてしまうパターンから抜け出せなかった。

序盤を除けばトップとほぼ遜色ないペースで走る事は出来ていたのだが、2位表彰台に上がったカタールGPにしても序盤に格下のブラドルを抜くのに手間取る等全盛期のロッシらしい走りが出来ていない事も事実であり、恐らくはマシンの状態が自信を持って思いっきり攻められる程仕上がっていない事を想像させる物だった。

しかし、自信を持って思いっきり攻められない状態のマシンで、トップのライダーと変わらないタイムで走る事が出来ているので、マシンの状態がロッシが理想とする状態に仕上がればかつての様な強さが蘇って来る事には疑問を差し挟む余地がないという思いは益々強くなった。

だが、それと同時にある不安が頭をよぎる様にもなった。それはロッシが初日にポンと好タイムを出し、その後セッティングを中々進める事が出来ずセッション毎に順位を下げて行くという傾向が気になったからだ。

従来のロッシは初日から直ぐに好タイムを出すという事は少なく、セッションが進む毎に段々とセッティングを煮詰めて行き順位を上げて行く事が多く、予選までにセッティングを詰め切れず決勝の朝のウォームラップでやっとセッティングが決まるという事も多かった。

それはヤマハのマシンはセッティングの幅が広く、アジャスト出来る箇所も多い為に、セッティングで大きく特性を変える事が可能であり、特性の違うサーキットにもそのサーキットに合うベストセッティングを導き出せれば非常に速く走る事が出来る代わりに、そのベストセッティングを導き出すがのが非常に難しいという特性を持っていると言われているからだ。

一方、ホンダのマシンはヤマハに比べるとセッティングの幅も狭く、セッティングを変えてもヤマハ程大きく特性が変わるという事はないと言われている。だから、良いベースセッティングが見つかるとサーキット毎にセッティングを変更するのは微調整程度で、基本的にはどのサーキットでもそのマシン特性の良い部分を引き出して走る事が要求されるが、その代わりセッティングに悩まされる事は少なく、逆に特性が合わないサーキットではいくらセッティングを追求しても中々改善する事が難しいと思われる。

その差が車体のヤマハとエンジンパワーのホンダの両者の方向性の違いとなっている訳なのだが、ロッシの様にハードなブレーキングを武器とするライダーはヤマハの様にピンポイントのベストセッティングを施す事が可能なマシンでないと中々好成績を残せないが、ストーナーの様にあまりブレーキングを重視せず、パワースライドでマシンを曲げて行く様なライダーであれば、ホンダの様なマシン特性でも問題ないと思われる。

ロッシがどうしても好成績が残せなったドゥカティでストーナーが好成績を残せたのはその為だ。ただし、ストーナーの乗り方もマシンのバランスが良くないと思い切った走りは出来ない。シーズン序盤でベースセッティングが中々決まらない状態では、ストーナーも余り速く走れない事が多かったが、一度バランスの良いベースセッティングを見つけるとその後は安定して好成績を残せる様になったものだ。ただし、ドゥカティの基本特性と相性の悪いサーキットでは、セッティングの変更で対応する事が難しく、マシンとサーキットの相性の差に成績が左右され易い。

そして、現在のM1の開発を主導しているロレンソはロッシの様にブレーキング重視のライダーではなく、ストーナーの様にパワースライドを多用するライダーではないが、どちらかと言えばコーナリングスピードを重視するライダーでヤマハで成功したライダーとしては珍しくどちらかと言うとホンダと相性が良さそうなライディングスタイルのライダーだと言えると思う。

ロレンソがヤマハで成功したのは、ヤマハのエンジンパワーがホンダにかなり追いついたという事が言えるだろう。それはクロスプレーンカムシャフトの開発が功を奏した事と、MotoGPクラスの経費削減策でエンジンの台数制限やタンク容量の制限による燃費への要求が厳しくなった事で、エンジンパワーの差が大きく出難くなった事が言えると思う。

また、以前のエントリーでも述べた通り、タイヤワンメイクにより、各メーカーの特性に合わせたタイヤ開発をして貰う事が出来なくなった為に、車体のバランスの良さがタイヤの消耗度に直結する様になり、基本的に旋回性の高いヤマハの方がタイヤへの負担が少なくタイヤの消耗を低く抑えられるという事が、ホンダ的な走りをするライダーに取ってもヤマハに乗るメリットが大きくなったという事も言えると思う。

従って、ロレンソはヤマハライダーではあっても、どちらかというとマシンセッティングの考え方もホンダライダーに近く、一度バランスの良いベースセッティングを決めたら、サーキット毎にまり大きくセッティングを変える事はしないのではないかと思われる。

ロレンソがどこのサーキットでも、レースウィークの初日から直ぐにトップかそれに準ずるタイムを出し、セッションが進んでもそのままのポジションをキープし、セッティングを外したりセッティングで苦労するという事はほとんどない。

特にロッシがドゥカティに移籍する前は、初日からタイムが出せるロレンソと初日には中々タイムが出ないロッシとの差は大きいという印象があった。

とことが今年はロッシが初日からポンと好タイムを出す事が多く、これは調子が良いのかな?と思っているとセッションが進むに連れ以前とは逆に順位が落ちて行く事が多く、これはもしかするとM1のセッティング自体の幅が狭くなってセッティングを変えてもあまり特性が変わらない様な性格になってしまったのではないか?という疑いが頭をもたげて来たのだ。

現在のエースのロレンソに合わせたマシン開発を考えた場合、ロレンソ自身がベースセッティングから大きくセッティングを変更しないタイプだとすれば、余りセッティングの幅を広げたりアジャスト出来る項目を増やす様な必要もなく、むしろ無駄な事だと開発陣が考えたとしても不思議ではない。

セッティングの幅の広い車体造りというのは、ヤマハのマシン造りにおける伝統的な考え方であり、それは簡単には変わらないだろうという思いもあったが、ライダーが世代交代する様にエンジニアだって世代交代すれば、以前とは違った考え方をするエンジニアが開発を主導する事だってあり得るだろう。

特にライディングスタイルで言えば、ロッシの様にブレーキングを重視するスタイルというのは現在のMotoGPではオールドスタイルとなりつつあり、ストーナーやロレンソの様なコーナリングスピード重視のスタイルの方が主流だと言える。マシン開発でも、そういう現在の主流のスタイルに合わせた新しい開発コンセプトに移っていくという事は充分あり得る事の様にも思えて来たのだ。

ところが、第6戦が終了した後のアラゴンテストでロッシは「課題だったブレーキングを改善するセッティングを見つけた」とコメントし、その直後の第7戦オランダGPで鮮やかにヤマハ復帰後の初優勝を達成してみせた。

たまたま、ロレンソがフリー走行の転倒で鎖骨を骨折する怪我を折ったり、ペドロサもRC213Vと相性の良くないサーキットだったのか最後までセッティングを詰め切れず本来の走りが出来ず、更にマルケスも右手の小指と左足の親指を骨折しているという状況が重なった事もあり、もしロレンソもペドロサもマルケスも万全だったら優勝出来ていたかどうかは分からない。

しかし、セッティングの問題が解決したという最初のレースで、例え6戦振りに表彰台に戻ったとしても、開幕戦で2位表彰台に上がっていただけに、あれ程強いロッシが戻って来たという強い印象を受ける様な感動的なレースにはならなかっただろう。

それを例え幸運が味方したとは言え、セッティングが改善したという最初のレースを優勝という形で結果を出して来る辺りが流石はロッシだと思う。

だが、今後は万全の状態のロレンソやペドロサと競り合ってどこまで戦えるかが問われる事になる。両ライダー共そう簡単には勝たせてくれないだろうけど、開幕戦でブラドルを抜きあぐねていた時の走りとは一転して、前のライダーに追いつくと様子を伺う間もなく、ファーストアプローチで一気に抜去るというロッシらしい走りが蘇って来たので、今後ロレンソやペドロサ相手にレースを盛り上げる走りを見せてくれるだろうと思う。

ただし、ロッシらしい走りが出来る様なセッティングが出来ないマシン特性になってしまったのではないか?という僕の疑惑は杞憂に終わったものの、オランダGPのセッティングがそのまま他のサーキットでも通用するとは限らず、そのセッティングをベースにしながら、サーキット毎の特性に合わせてアジャストして行く必要はあり、その為のデータはまだ充分とは言えないだろうから、今後もサーキットによって多少の浮き沈みもあるかもしれない。

しかし、ロッシのあの切れ味鋭い走りが戻って来たからには、今後のシーズンが面白いものになるのは間違いないだろう。

また、セッティングが決まってからの走りを見ると、今までロッシの走りを最大限生かすセッティングが出来ていない状態で、ロレンソとほぼ同程度のタイムを出せていた事に改めて驚きを覚えた。

これは、以前のヤマハ所属時代と違い、初日から好タイムをポンと出せる様になった事も含めて、どうしても好みのセッティングにならならいドゥカティで最大限の結果を出そうと努力して来た2年間でロッシ自身も成長し、ベストでないセッティングでもある程度のタイムを出せる走りを身に付けたのだと言えると思う。

特にロッシのライディングの最大の特徴でもあり、最大の武器でもあるブレーキングが自信を持って強く出来ない状態のマシンを、ブレーキング以外の部分で頑張って速く走らせるテクニックを、それも本来ブレーキングを余り重視せずコーナリングスピードを重視するスタイルで世界タイトルを2度も獲得したロレンソに迫るタイムが出せるまでハイレベルのテクニックを身に付けたのだと考えると、34歳になってもまだ進化するロッシの凄さを改めて思い知る。

ロッシはドゥカティ時代、常にドゥカティを自分の好みの特性のマシンを仕上げる事を目標にして来たのだと思う。しかし、考え方を変えて、ドゥカティの特性をストーナーとドゥカティのエンジニアが追求してひとつの完成の域に達した状態から大きく変更せず、ロッシの方が自分のスタイルを変えてそれを乗りこなす事を目標としていたら、もしかしたらドゥカティ移籍でもっと大きな成功を納めたのかもしれないと思う。

その証拠に以前のエントリーでも書いた様に、ロッシがドゥカティ時代で最も安定して速かった時期は、まだストーナーが開発したマシンに乗っていた移籍直後だったという印象があるので尚更だ。

しかし、ロッシ自身がその付け焼き刃のライディングスタイルでは、本来その様なライディングスタイルを得意とし、キャリアを通してそのスタイルを磨き上げて世界のトップにまで登り詰めたロレンソの様な相手に対しては、ほぼ近いタイムを出せる所まで迫れても、そのライダーに勝つレベルのは届かないと判断していたのだと思う。

やはり、本来自分が得意とするスタイルを究極にまで磨き上げてこそ、そういうライダー相手に勝負して勝つ事が出来るのだという思いがあったのだろう。

そして、ロッシはヤマハへの移籍を決断し、そしてヤマハで再び自分自身の本来得意とするライディングスタイルで、現在の世界のトップライダー達と競り合って勝てるレベルに戻って来れた事に確信を持ったに違いない。

ロッシは少なくとも後1回は世界タイトルを穫りたいという目標を胸にヤマハに復帰した。1年目は2年間のブランクの後で、かつてのライディングを取り戻す為の準備期間という位置付けでタイトルを獲りに行く勝負のシーズンは2014年シーズンになるだろう。

ロレンソとペドロサ、そして来シーズンにはその2人以上の最強のライバルに成長しているかもしれないマルケス相手に、もう1度タイトルを穫れるかどうかは分からないし、かなり厳しいかもしれないと思う。

しかし、レース史に残る様な素晴らしいシーズンになるのではないかと予感させるには充分だし、その来年の展開を占いながら今シーズンの中盤から終盤かけてのレースも楽しみに観て行きたいと思う。

2012年12月31日月曜日

ロッシとドゥカティ、アヴァンチュールの終焉

2012年最後のエントリーは、遂に終止符を打ったロッシとドゥカティの挑戦について触れておきたい。

僕は以前よりライダーのライディングスタイルとマシンとの相性の重要性を主張して来ており、ロッシのドゥカ移籍に際しても、過去のエントリーにも書いたように「ドゥカはロッシの様なランディングスタイルのライダーが決して乗ってはいけないマシン」だと思っていたので、結果的にはそれが正しかった事が証明されてしまったと言える。

しかしながら、ロッシがその予想を裏切り、奇跡的な偉業を成し遂げる事を期待もし、特に移籍直後の数戦では予想を超える好結果を残していた事から、その期待を募らせていたので、結果的にやはり奇跡は起こらなかった事は残念でもある。

でも、傷口を広げる前にヤマハへの復帰という屈辱的な決断をした事は懸命だと思うし、GP史上稀に見る偉大な記録の数々を打ち立ててきたロッシの貴重な才能を奇跡でも起こせないと達成出来ない様な無謀な挑戦に浪費するよりも、残されたレースキャリアでロッシと相性の良いマシンで思う存分その才能を発揮して活躍をして欲しいと思う。

また、ロッシ程の偉大なライダーでもライディングスタイルとマシン特性の相性の壁というのは、超えることが出来ない程大きなものだという事実を、後続のライダー達に大きな教訓として印象付ける結果となった事は良かったのではないかと思う。

自分が乗るべきマシンの選択を誤ると、本人のレース生命を脅かす結果にもなりかねない。ロッシ程のスーパースターだからこそ、ヤマハ復帰というアクロバットが実現したが、普通のライダーであればこのまま引退に追い込まれてもおかしくなかったと言えるだろう。かつてのライバル、ビアッジが「2年低迷してあのオファー、よほど神通力があるのだろう。」と唸ったのも頷ける。

かつて皇帝とまで呼ばれたそのビアッジでも、レプソルホンダでのたった1年の低迷、それもランキング5位というドゥカ時代のロッシよりは幾分マシな成績だったにも拘らず、MotoGPでのシートを失ったのだから。

それにしても、移籍直後の予想外な好成績(僕以外の人はそうは思わなかったかもしれないが・・)を思い返すにつれ、開発の方向性さえ誤らなかったら別の結果があったのではないか?という残念な思いが拭えない。

ずっと日本製マシンで好成績を残してきたロッシとバージェスなら、アルミフレームを選択するのではないか?というのは、予想通りだったが、それは過去のエントリーでも述べたように、L型エンジンというフレーム設計上問題の多いエンジン形式故に、ドゥカのレース部門が長年味わってきた苦悩を追体験する様な選択であり、とても1年で結果が出せる様なものではなく、無謀な決断だったと言えるだろう。

結局、その長い歴史を経てドゥカが辿り着いたカーボンモノコックフレームという選択が、L型エンジンにはベストな選択だったと言えるのかもしれない。

そして、2011年シーズン当初ロッシが乗ったGP11は、そのベストの選択肢をストーナーとヘイデンが磨き上げた結果であり、そのマシンに乗っていた時がロッシの成績も最も安定していたという感がある。

そう考えると、あのまま2011年はカーボンモノコックのGP11に乗り続けデータ収集とセッティングの試行錯誤だけに専念し、ロッシがファーストインプレッションで高く評価したカーボンモノコックのGP12を熟成させて2012年に臨んでいたら別の結果が待っていたかもしれないと思う。

それでなくても、どんどんニューフレームを投入した2011年に対し、2年目の2012年シーズンはほとんどマシンの進化は見られず、まるで開発予算が枯渇したかの様な印象を受けたが、2年目にタイトルを狙いにいくマシンを開発するための準備期間の筈だった2011年に開発費を使い過ぎて、肝心の2012年に十分開発を進められなかったのではないかと残念に思える。

これは、ロッシが在籍した2年間がちょうど800ccから1000ccにレギュレーションが変更する時と重なってしまった事も不運だったと言えると思う。2年間通して同じレギュレーションのマシン開発をすることが出来たら、もっと開発はスムーズに進んだのかもしれない。

今更過ぎた事を悔やんでも始まらないが、ホンダ、ヤマハで歴史に残る好成績を残したロッシでもドゥカティで結果を出せなかった事から、ドゥカは日本製マシンにそれほど慣れていない若手をドゥカスペシャリストに育成するという方針を打ち出し、Moto2クラスでロッシの後継者として期待を集めていたイアンノーネを起用したが、懸命な判断だと言えると思う。

イアンノーネが育つまでは、ホンダワークス経験者のドヴィとニッキー、そして何故かイアンノーネのチームメイトとしてジュニアチーム入りしたヤマハワークス経験者のスピースにドゥカが託される事になった。スピースの起用はニッキーの後継としてのワークス入りを想定してのテスト的な起用、もしくはドヴィが期待に応える成果を出せなかった場合の保険の意味もあるのではないかと思う。

いずれにしても、しばらくは日本製マシンの開発経験のあるライダーが継続してドゥカの開発を担って行く事には変わりがない。彼らがこのままアルミフレームの開発を継続することを選択するのか、それともカーボンモノコックに戻す事を選択するのかも含めて彼らの開発するマシンがどの様な方向に向かうのか興味を持って見守って行きたいと思うし、イアンノーネの成長を楽しみにしたいと思う。

また、ヤマハに復帰するロッシに関しては、大方の予想では年間1、2回は勝つかもしれないが、タイトル争いでロレンソやペドロサを脅かす所までは行かないだろうと思われている様だ。

僕としては、ロッシが再度タイトルを獲得出来るかどうかとなると、現在の最速マシンであるホンダのRC213Vの完成度の高さとペドロサとの組み合わせでの強さを考えると明言は出来ないが、少なくとも同じマシンに乗るロレンソとは互角以上の勝負は出来るのではないかと思っている。

何故なら、多くの人は2010年序盤、ロッシよりロレンソの方が優勢だった事を覚えていて、現在の実力ではロッシよりロレンソの方が上回っていると考えているのだと思うが、ロッシが大腿骨の骨折から復帰した後、むしろ大腿骨の骨折より以前より痛めていた肩の怪我の影響の方が大きかったとコメントしていた事を考えれば、2010年序盤の劣勢も肩の怪我の影響だった可能性が高いと思うからだ。

それにロッシは何としてもドゥカ時代の低迷の雪辱を果たしたいという強い決意を持ってチャレンジャーとしてヤマハに戻って来る。そういう高いモチべーションに燃えているロッシ程強い存在はないし、何より相性に問題がない事がはっきりしているヤマハに乗れば、本来のロッシの実力を遺憾なく発揮できる事は間違いない。

もっとも、2013年序盤は2年間もヤマハと大きく特性の違うマシンに乗っていた事から、かつての感覚を取り戻すのに多少の時間を要する可能性は高いし、そういう意味では今年のシーズン後のテストで雨に祟られて十分走り込みが出来なかった事も少なからぬ影響はあるかもしれない。

しかしシーズン後半になればかつての速さを取り戻すに違いないと思うし、2014年シーズンはタイトルを獲得するかどうかは別にして十分タイトル争いに加わり、レースファンを熱狂させる活躍をしてくれるに違いないと思う。

再来年の話をするのは、まだ早過ぎると思うが、とりあえず本来のロッシらしいライディングがまた観られる事になった2013年シーズンを大いに楽しみにしたい。

ペドロサのタイトル獲得を阻んだレース裁定

前項で述べたとおり、2012年シーズン開幕直前にタイヤ仕様変更の決定がされた時点で、ストーナーのタイトル獲得の可能性はかなり厳しいものになってしまったと言えると思う。

しかし、ホンダはタイトル獲得を諦めなかった。シーズン中盤に2013年から投入予定だったニュースペックのフロントタイヤに合わせて開発したニューマシンを実戦投入する決断を下したのだ。

タイトルを獲得する為には、ライダーが危険と言う程、ニュースペックタイヤと相性の悪いマシン特性を改善する必要があり、その為には付け焼刃の改良では無理で、マシンを一から開発し直さなければならない。それはタイトル獲得の為には必要な決断だったとは言え、この不況で天下のホンダもレース予算が削減されている厳しい状況下では、かなりの困難を伴う決断だったに違いないと思う。

それでも、そのニューマシンが初投入されたラグナセカで、ペドロサがフリー走行1とフリー走行2でいきなりトップタイムをマークする程の完成度の高さを示し、そのデビューレースではセッティングを詰め切れず優勝は逃したが3位表彰台を獲得し、続くインディアナポリスでは早くも優勝を果たし、ニューマシンは大きな成果を挙げた。

シーズン途中で全くのニューマシンが投入されて、いきなり成果を挙げる例というのはかなり稀であり、ホンダのタイトル獲得への執念と高い開発力を感じさせる結果となった。

その一方で、ニューフレームを改善効果がないと評価したストーナーはニュースペックエンジンと旧フレームの組み合わせを選択し、続くインディアナポリスでは、プレシーズンテストで新構造のタイヤに対し「却って危険」と評価した本人の言葉通り、転倒、骨折という最悪の状況に陥ってしまう。

僕はこのペドロサとストーナーのニューフレームに対する明暗の差もよく理解出来る気がする。

前項でも述べたとおり、ブリヂストンの柔構造と呼ばれる新構造を採用したニュースペックタイヤはミシュランが採用していた構造に似ているのだという。

ホンダにはかつてミシュランを採用していた当時のペドロサの走行データが豊富に残っていた訳で、そのデータを基にニュースペックタイヤの特性と相性の良いフレームを開発したのだろうと思う。

そして、当時のミシュランタイヤは、ロッシがいち早くブリヂストンへのスイッチを決めた様に、ブリヂストンに対して劣勢であり、特にホンダはヤマハ以上にミシュランタイヤとの相性に問題を抱え、激しいチャタリングに多くのホンダライダーが悩まされ低迷する中、ペドロサはかろうじてタイトル争いに名前を連ねる事は出来る所まで善戦しており、どちらかと言うとミシュランタイヤとの相性は悪くなかったライダーだと言える。

その為、当時のペドロサの走行データを基に開発されたニューマシンは、ミシュランに特性が似たニュースペックタイヤとペドロサのライディングスタイルにはベストマッチのマシンに仕上がったが、ペドロサとはかなりスタイルの違うストーナーのライディングスタイルには合わないフレーム特性に仕上がっていたのだろう。

だから、ストーナーは結局自分のライディングスタイルに合わせて開発された旧フレームの方を選択したのだと思う。

僕は以前からライダーとマシン特性の相性の重要性を主張しているが、この事でもそれが証明されたと思う。

誰もがストーナーとペドロサを比べたらストーナーの方が速いと思うだろう。しかし、それはストーナーがストーナーのライディングスタイルと相性の良いマシンに乗っていればという前提であり、ペドロサとの相性が良いマシンに乗れば、立場が逆転してしまう程、微妙なものでもあるのだ。

こうして、ニュースペックタイヤと自分のライディングスタイルにベストマッチしたマシンを手に入れたペドロサはかつてない程の強さを見せ、快進撃を開始する。

ストーナーに合わせて開発されたマシンと旧スペックタイヤの組み合わせで戦った前半戦では1勝しか挙げられなかったペドロサが、自分のスタイルと相性の良いマシンとニュースペックタイヤで戦った後半戦では6勝を挙げ、最終的には年間最多勝の7勝を挙げる程の強さを見せた。

それもニューマシンを投入して僅か2戦目のインディアナポリス以降は完走したレースでは全勝という圧倒的強さであり、もう少しで不利なレギュレーション上の決定という逆境を跳ね除けてホンダにタイトルをもたらすという劇的なストーリーを実現する所だった。

シーズンを振り返るとペドロサのタイトル獲得を阻んだ決定的なレースは、第13戦サンマリノGPだったと言えると思う。

このレースでは、スタートシグナル点灯直前、アブラハムのエンジンがストールし、アブラハムが手を挙げてアピールしたことからスタートが中断、仕切り直しとなった。

そして再スタートのサイティングラップが始まろうとした時、ペドロサのマシンのフロントブレーキがロックするというトラブルに襲われる。メカニックはマシンを交換するために一度ピットロードにマシンを入れるが、その時トラブルが解消した為、マシンはグリッドに戻されペドロサはグリッドからサイティングラップをスタートさせたが、一度ピットロードにマシンを入れた為、最後尾スタートのペナルティを課せられる事になる。

僕は再スタートの際、タイトル争いの真っ只中にあるペドロサが最後尾からスタートするのを見て、何が起こったのか分からず、まるで悪夢の様だと思ったが、本当の悪夢はその後に待っていた。

ペドロサは最後尾から得意のロケットスタートを決め、順調に前のマシンをパスして行った。レース後に、最後尾スタートでも優勝する自信があったと語った言葉は決して負け惜しみではなく、十分その可能があると感じさせる見事な追い上げを見せていた矢先、バルベラの転倒に巻き込まれて1周もする事無くペドロサはレースを終えてしまった。

その瞬間、誰もがペドロサのタイトル獲得の可能性は潰えたと思っただろう。そしてその通りになった。しかし、その後もペドロサはタイトル獲得を諦めずに、その事を忘れさせる程の快進撃を続け、奇跡の大逆転を予感させる所までロレンソを追い詰め、最終的にはフィリップアイランドで自ら転倒してタイトルを逃した。

その為、最終的には自滅してタイトルを失ったという印象が残ってしまった感があるが、並みのライダーだったら、サンマリノGPの後、そこまで盛り返す事さえ出来なかっただろうし、サンマリノGPでのノーポイントがなかったら、ペドロサもあそこまで追い詰められる事もなかっただろう。

それまでのレースではペドロサは余裕でロレンソを打ち負かして来ており、ロレンソに勝つためだけなら無理をする必要はなかった筈だ。あのレースで転倒する程攻めていたのは、最終戦を前に少しでも多くポイントを稼ぐ為に、どうしてもストーナーに勝ちたいと思っていたからだろう。

負傷欠場から復帰したばかりとは言え、地元フィリップアイランドでのストーナーの強さは神懸り的なレベルだ。通常なら地元でストーナーに勝てなくても無理はないと考えるところだろうが、ペドロサはどうしてもストーナーに勝ってロレンソとのポイント差を広げたいと気負ってしまったのだと思う。

もし、サンマリノGPでのノーポイントがなかったら、ロレンソとのポイント差もそこまで大きくはならず、ペドロサも冷静になって手堅く2位でオーストラリアGPを終える事を選択し、最終戦で逆転タイトルを獲得していた可能性は高かったと思う。

そして仮にフィリップアイランドで転倒してしまったとしても、サンマリノGPでポイントを獲得していれば、最終戦までタイトルの決着は持ち越されていた訳で、十分逆転タイトルの可能性はあったと思う。

結局、ペドロサがタイトルを獲得出来なかった最大の要因は、サンマリノGPでのレース裁定にあったと思う。確かにそれはルールブック通りの裁定であったかもしれない。しかし、ペドロサのマシンを襲ったトラブルは、アブラハムのエンジントラブルを原因としたスタート中断の影響で生じたものであり、自己責任とは言い難い。

そもそも、スタートが中断しなければ、ペドロサのマシンはトラブルには見舞われる事はなく、PPから普通にスタートしてトップを快走していた筈で、誰の転倒にも巻き込まれる事はなかっただろう。

対するアブラハムのマシントラブルは、午前のフリー走行から発生していたものらしく、そのトラブルを解消出来ないままマシンをグリッドに送り出したアブラハムのチームの自己責任に寄るものと言って良い。

例えルール通りとは言え、アブラハムの自己責任によるトラブルは救済され、その影響により発生したペドロサのトラブルは救済されなかったという事は、どうにも不公平に思えて納得しがたいものだ。

しかも、それがシーズンのタイトル争いを決定付ける結果に繋がったとなると尚更である。タイトル争いのさなかにあるライダーが自己責任とは言い難いトラブルでグリッド降格となると、レースの楽しみの半減するし、何よりそんな事でタイトルの行方が左右される事になれば、タイトル争いの当事者もレースファンも納得出来ないだろう。

この様なケースなら特別措置が取られたとしても、良いのではないかと思うし、本来なら特別措置などしなくてもこの様な事態が起こらない様なルールにしてもらいたいと思う。

通常のスタートの際は別として、再スタートの際は本当に悪質なルール違反等があった場合を除き、1回目のスターティンググリッド順から変更はしないと決めれば良いだけの話なので、是非ともルール改正をして欲しいと思う。

実際にタイトルを獲得したロレンソとヤマハには落ち度はないし、申し訳ないと思うが、やはり今年最速だったマシンはホンダのRC213Vだったと思うし、全員が旧スペックタイヤという同条件の下で1番速かったのはストーナー、新スペックタイヤで1番速かったのはペドロサだったと思う。

ロレンソはそのどちらでも安定して速かったのに対し、ホンダはシーズン前半はストーナーの方が速く、後半はペドロサの方が速く、ホンダ勢同士でポイントを奪い合ってしまった事もあり、ヤマハ勢で常に最速だったロレンソが優位だったが、その条件化でもペドロサが年間7勝の最多勝を挙げ、実質的に年間を通して2012年のチャンピオンに相応しい走りをしていたのは彼だったと思う。

特に後半戦に関しては観ていてロレンソがペドロサに勝てるというイメージは全然感じなかった。それでも安定して2位に入り続けた結果タイトルを獲得した事を考えると、現在のポイント配分はやや優勝の重みが軽んじられているのではないかと感じた程だ。優勝のポイントと2位のポイントはもっと格差があって然るべきかも知れない。

その様な実力通りのライダーがタイトルを獲得する事を妨げるような、レギュレーションやルールは是非改善して欲しいと願う。

2012年12月30日日曜日

ストーナーのラストイヤーを台無しにしたタイヤレギュレーション

またblogの更新が滞ってしまった。今年は色々MotoGPのあり方を考えさせられる問題が多く、書きたい事が沢山あったのだが、とりあえず今年が終わる前に、それらの事を駆け足で書き留めておきたい。

まず、今年のMotoGPで印象に残ったのは、幾つかの局面でレギュレーションがタイトル争いの行方を左右してしまったシーズンだという事だ。

その第一がシーズンが始まってから、今年度のタイヤ仕様を変更するという決定が成された事の影響である。僕は以前、タイヤワンメイクのレギュレーション変更による弊害を危惧するエントリーを書いた事があるが、その心配が正に的中してしまったと思う。

2012年シーズンは本来であれば、シーズン開幕早々に今シーズン限りでの引退を表明したケーシー・ストーナーが引退の花道を飾るシーズンになっていた筈だと思う。

実際、昨年ホンダに復帰した初年度に圧倒的強さでタイトルを獲得したストーナーは、その1年間を通してストーナーの走りに合わせて開発されたと考えて間違いないであろうニューマシンRC213Vでも、その好調を維持し、プレシーズンテストでは常に最速タイムを刻み、本人も「テストはもう飽きたから、早くレースをやろう。」とコメントする程盤石な状態だった。

あのまま何事もなくシーズンが開幕していたら、おそらくは昨年以上の圧倒的強さで3度目のタイトルを軽々と獲得して有終の美を飾っていたに違いないと思う。

しかし、異変はそのプレシーズンテストから始まっていた。ブリヂストンは現在の仕様のフロントタイヤが、暖まるのが遅くレース開始直後のグリップが低い為にレース序盤での転倒が多いという批判を受けて、2013年の導入を目指して、柔構造と呼ばれる新構造を採用したニュータイヤを開発し、プレシーズンテストで、そのニュータイヤをライダー達にテストして評価してもらった所、一部の僅かなライダーを除いて好評だった事から、2013年からの投入予定を前倒しし、今シーズンから投入する事を決定した。

これだけ聞けば、さほど問題には感じられないかもしれない。しかし、問題なのはその一部の僅かなライダーというのが、実はレプソルホンダのストーナーとペドロサの2人だった事だ。

僅かなライダーというのが、タイトル争いに関係のないランキング下位のライダーだったら、その様なライダーの主張が無視されたとしても仕方ないと言えるかもしれない。

だが、タイトル争いの主役であるディフェンディングチャンピオンを含む、チャンピオンチームに所属する二人のライダーが揃って「却って危険」と採用に反対したタイヤの採用があっさりと決定してしまった事には正直驚きを禁じ得なかった。

現在タイトルを争える実力と環境を備えたライダーと言えば、ストーナー、ロレンソ、ペドロサの3強と言って良いだろう。

その3強の内、2人にとって不利な決定がイコールコンディションの大義名分の元に成されてしまい。残る一人、ロレンソにとって圧倒的に有利な状況がその時点で構築されてしまったのである。

ホンダ以外のメーカーにとっては願ってもない決定であるが、ホンダにとってはとんでもない決定である。当然のごとくホンダは猛反発し抗議したが、その抗議も僅かにシーズン中盤までは旧スペックタイヤも使用出来るという僅かな譲歩を引き出す事しか出来なかった。

2012年仕様のタイヤに合わせてマシンを開発したのに、そのタイヤを突然全く特性の異なるタイヤに変更される。それはマシン開発を一からやり直す必要が生じるという事であり、ホンダの憤りは良く理解出来る。

たまたま、ホンダ以外のメーカーはニュースペックタイヤとも相性が良かったから反対しなかっただけであり、むしろホンダが不利になる分有難いという事もあったのかもしれないが、本当にそれで良いのかと思う。

ホンダが1番タイヤ変更の影響を受けたという事は、ホンダが1番本来の2012年仕様のタイヤと相性の良いマシン開発に成功していたという事で、最も良い開発をしたメーカーが不利になる様な変更を認める事が今後の事を考えると本当に良い事とは思えない。他のメーカーもいつかホンダの様な立場になってしまう可能性もある訳で、ホンダ以外のメーカーがこの突然の変更を受け入れたり、ホンダの抗議に対して賛同しなかったのは、本当に懸命な判断だったと言えるだろうか?

僕はホンダのワークスマシンだけが、ニュースペックタイヤと相性が悪かった理由は良く分かる様な気がする。

実は今回ブリヂストンが採用した柔構造という新しい構造は、ミシュランのフロントタイヤが採用していた構造に近いのだそうだ。

ストーナーはLCRホンダ時代、そのミシュランのフロントタイヤと相性が悪く、フロントからの転倒を繰り返し、ミシュランよりフロントタイヤのグリップ力が勝るブリヂストンを採用していたドゥカティへ移籍した事で安定した走りが出来る様になり、初タイトルを獲得した。

ホンダの2012年型のRC213Vはそのストーナーの走りの特性を最大限に生かせる様に開発されたマシンの筈だ。つまり、ブリヂストンの高いグリップ力を誇るフロントタイヤの特性に合わせたマシン造りをしたに違いない。

その結果、ストーナー自身元々柔構造を採用していたミシュランタイヤと相性が悪かった為に、そのミシュランと同じ柔構造を採用した新スペックタイヤと相性が悪いのは当然として、そのストーナーと旧構造のフロントタイヤにベストマッチする特性に仕上がっていたRC213Vとも相性が悪かったのだと思う。

ストーナーの初タイトルは同時にブリヂストンに取っても初タイトルだった。ブリヂストンにとってはストーナーは初タイトルをもたらしてくれた恩人と言って良いと思う。そして、当然ながらストーナーが柔構造のフロントタイヤとは相性が悪い事も良く知っていたに違いない。

そのブリヂストンが有終の美を飾るべきシーズンに挑むストーナーにとって相性の悪いタイヤと知りながら、その投入を1年前倒しにする決定をした事は理解に苦しむ。

もし、逆にストーナーとの相性の悪いタイヤの投入を、ストーナーの為に予定より1年遅らせたというのなら贔屓と批判されるかもしれない。しかし、本来2013年から投入予定だったタイヤを1年前倒しするかどうかの選択に際し、今年限りで引退するストーナーとの相性を考慮して、1年前倒しするのをやめて当初の予定通りにしたというだけなら、特に批判される様な事ではない筈だ。

僕がこの決定に批判的なのは、その決定が公平とは思えない事、引退の花道を飾れる筈だったストーナーに同情するからだけではない。一レースファンとして、シーズン開幕直前にタイトル争いを左右する様な決定がなされた事は許し難い事だと思うからだ。

最初に書いた様に2012年シーズン、タイトルを争える可能性のあったライダーはストーナー、ロレンソ、ペドロサの3人だけだった。その内2人のライダーに取って不利な決定がシーズン開幕直前になされるというのは、残りの一人ロレンソに取って圧倒的に有利な決定であり、この決定によって2012年のチャンピオンがほぼ決まってしまった様なものだからだ。果たしてその様な決定が本当に許されていいものだろうか?

シーズン前半こそ、旧スペックタイヤの使用も許されたが、他のライダーは暖まるのが早く直ぐに充分なグリップ力を発揮するタイヤを履いており、レース序盤から飛ばして行く事が出来るのに対し、暖まるのに時間がかかる旧スペックタイヤを使わざるを得ないストーナーとペドロサは、レース序盤はペースを上げる事が難しく、しかも他のライダーに負けまいと頑張ればグリップ力が充分でないタイヤで転倒するリスクを抱えてのレースとなる訳で、不利である事には変わりがない。

それでもシーズン序盤、ホンダ勢はストーナーが3勝、ペドロサが1勝を挙げ、ロレンソの4勝に対しメーカー勝負では5分に持ち込む頑張りを見せた。

しかし、旧スペックタイヤが使えなくなったシーズン後半。ニュースペックタイヤに合わせた2013年使用のニューマシンを投入したホンダはペドロサがニューフレームと高い順応性を見せたのに対し、ストーナーは旧フレームの継続使用を決断。その苦しい状況の中、得意のラグナセカでは優勝してみせたが、相性の悪いタイヤでの無理が祟り続くインディアナポリスではフリー走行で転倒して骨折してしまい、その後の数戦を欠場する事になり最後のシーズンでのタイトル獲得の望みは絶たれる事になった。

ストーナーにとっての2012年シーズンは、フロントタイヤとの相性が悪く、転倒に泣いたLCRホンダ時代を彷彿させるシーズンだったと言えると思う。ストーナーは最近のインタビューで最も好きだったマシンとしてLCRホンダ時代のRC211Vを上げており「サテライトマシンでタイトル争いなんてできないと嘆く向きが多いけど、マシンだけの話じゃない…絶対にあのマシンでも取れるものだと思ってますよ。」と語っている。

つまり、あの時ストーナーはタイトル獲得の為に当時のベストマシンよりブリヂストンタイヤを選んだという事であり、タイヤさえ相性の良いものであれば、マシンがベストでなくてもタイトルが獲れる事を証明し、ブリヂストンのワンメイクになってからホンダに復帰して、ようやくマシン、タイヤ共にベストのパッケージを手に入れたと思ったら、今度はタイヤの仕様変更でタイトル獲得を阻まれたというのは、なんとも因縁深い話だと思う。

結果として、2012年のタイトルはロレンソが獲得した。しかし、プレシーズンテストの段階では、誰もがストーナーが3度目のタイトルを楽々を獲得すると信じて疑わなかっただろうし、シーズンが終了した今も、多くのファンが2012年1番速かったライダーはストーナーで、ストーナーが最速ライダーのまま引退したと記憶に留めるに違いないと思う。

不公平なレギュレーション上の決定で、このレース史に残る偉大な天才ライダーがラストシーズンをタイトル獲得で飾る事が出来なかったのは非常に残念であるし、レース史に残る汚点ではないかと思う。

この事は、現在のレギュレーション上では、タイヤメーカーの思惑ひとつでチャンピオンライダーを決めてしまう事も可能だという事を示しており、ブリヂストンもしくはドルナにその意志がなかったのだとしても、結果的にその様な事が起きてしまった事は重く受け止めるべきだと思う。

また、もし複数のタイヤメーカーが参戦していれば、かつてのストーナーの様により自分と相性の良いタイヤメーカーを選択するという事も可能なのだが、ワンメイクのままだと仮に今のブリヂストンタイヤと相性の悪いライダーが、本当は相性の良いタイヤさえ使えればタイトルを獲得出来る実力を持っていたとしても、その実力を発揮出来ないままレース人生を終えてしまう可能性もある訳である。

そういう状況を改善する為にも、かつての様に複数のタイヤメーカーが参戦し、レースが健全な競争の場になる事を切望して止まない。